2024.01.05 オピニオン

「『人権』と『ヒューマンライツ』―同じなのか? それとも違うのか?」

戸塚悦朗さん(弁護士、元龍谷大学法科大学院教授)



1. 新年にあたって、私が勝手に選んだ2023年中のトップニュースを紹介させてください。

 

個人通報研究会(編)『国際人権個人通報150選』(現代人文社、2023年12月20日)

 同書が出版されたことこそが2023年を通じて最も良い知らせでした。編者である「個人通報研究会」(大川秀史代表)から贈呈していただいて出版を知り、大変感激しました。

 この出版の快挙を心からお祝い申し上げる次第です。

 

なぜトップニュースなのか?

 それを説明する必要があります。実は、私がこの分野に長年関わってきたという全く個人的な事情の故なのです。私がこの分野に強い関心を持つようになったのは1982年のことでした※1。それから40年以上経っているのです。その間必要だと感じながらも、どうしても達成できなかったのがこの研究でした。それがこの本が出版されることで、実現したのです。いわば、長年の夢がかなったのです。

 

出版の背景

 これが実現するまでには長い準備期間がありました。大川秀史弁護士の長期間にわたる条約機関への個人通報事件に関する超人的な事例研究があったのです。「はじめに」で紹介されていますが、大川弁護士は、「2020年8月時点で8つの条約機関が公開していた合計3,000件余の個人通報ケース」を研究し、「我が国の人権擁護活動において有意義と思われる150件を選」んだとのことです。このような基礎的研究作業は、考えるだけでも気が遠くなるほどの時間と労力を要するものです。それを達成したことに深い敬意の念をおぼえました。

 

執筆者は、150人の弁護士

 さらに、「各分野、各地(31弁護士会)の合計150名の弁護士が1件ずつを担当している」とのことです。このように多数の弁護士の方々がこの分野の研究に参加し、このようなケーススタディーの執筆に加わったのです※2。私の知る限り、前例がない驚異的な大成果だと思います。研究会に参加した150名の弁護士の皆さまの努力には、頭が下がります。

 このような研究会が結成されたことは、歴史的な事件です。おそらく、これを画期として、この分野の研究も運動も飛躍的な発展を遂げるでしょう。日本の将来に希望の灯をともす明るいニュースだ、と心が躍る思いです。

 

一体この本には、どのような意義があるのでしょうか?

 8つの条約機関の個人通報事件の先例集はこれまでなかったのです。

 大川弁護士は、日本の停滞状況を打開する一つの方法として、この個人通報150選が活用されることを期待し、日本における裁判などを念頭に、「市民個人が人権条約加盟国政府を相手取り、条約違反を主張して個人通報した事案と委員会見解を指摘するのも説得的である。世界中、同じような人権侵害事件が発生し、当事者や支援者、弁護士らが声を上げるも国内ではついに救済されないまま、条約機関に個人通報が行われている(なお2022年現在、日本政府を相手取って条約機関に個人通報することはできない)」と書いています。

 各報告は、この分野にかかわる事件に日本の法律実務家としてかかわってきた経験を持つ弁護士が執筆しています。生きた事例に出会って苦心惨憺した体験を背景にして執筆しているのです。それだけに、各報告の行間には、熱い魂が込められていることでしょう。それが本書の説得力を高めているのです。

 

「人権条約をどう生かすか―あとがきに代えて」の重要性

 「あとがきに代えて」を執筆しておられる、私の尊敬する菅克行弁護士が2023年6月に永眠されたとのことを「はじめに」で知りました。大変残念なことです。心からご冥福をお祈り申し上げます。

 菅弁護士がいわば遺言のように、本書に執筆した「あとがきに代えて」は、何度も反芻する必要があります。長年日本弁護士連合会で個人通報権の研究とその実現のために地道な努力をされた方であるだけに、説得力に富む貴重な論考です。

 「いずれにせよ、条約に加盟した以上は、これを誠実に履行しなければならないのであり、各条約の履行監視のために条約上設置されている機関の解釈を尊重しなければならないことは、条約上の義務である。また、見解に示された条約の解釈は、上述のとおり、見解の名宛人である締約国に対してのみ意味を有するのではない。見解は「権威ある決定」であり、「権威ある解釈」を示すものである。国際司法裁判所も、見解の示す解釈には非常な重みがあると判示している。」と、菅弁護士は書き残しています。私としては、この部分に特に感銘を受けました。

 

2. 不都合な真実=「人権」と「ヒューマンライツ」は違う

 この快挙を祝い、150名の研究会会員の方々全員にお礼を申し上げたいと考え、その印として拙著『外国人のヒューマンライツ』(日本評論社、2023年)※3を、現代人文社を通じてご贈呈申し上げることにしました。

 

ここで、同書についても、簡単に紹介させていただきます。

 この本を執筆する研究をはじめたのは、コリアンワールド主催のセミナーで、在日コリアンなど外国人の権利をどう護るかについて研究を依頼されたことが契機になりました。

 日本の司法・立法・行政はそろって外国人への共感性に乏しく、配慮に欠けていると痛感します。外国人も同じ「ヒューマン」と見る国際法によるヒューマンライツの保障が必要です。40年ほど運動と研究を続けてきたものの、はかばかしい成果を上げられなかった失敗の根本原因はどこにあるのか?と反省しています。それは、憲法が保障する「人権」と国際法が保障する「ヒューマンライツ」がともに人権という日本語で記述されてしまい、混同されているからではないか?これを認識するところから始める必要性を訴えています。

 

不都合な真実

 同書は、憲法上の「人権」と国際法が保障する「ヒューマンライツ」は異なるという最近の私の「発見」(仮説ではありますが)に言及しています。そうなりますと、『国際人権個人通報150選』のタイトルも『国際ヒューマンライツ個人通報150選』としていただく必要が出てきます。実は、私は1987年に第二東京弁護士会人権擁護委員会主催の「国際人権セミナー」を企画した責任者でした。長い間、human rightsを「人権」と翻訳して、法認識の混乱を招いてきた責任者の一人なのです。

 この「オピニオン」欄をお借りして、「人権」と「ヒューマンライツ」は違うという不都合な真実を唱える結果となりましたこと、これまでの不明をお詫び申し上げる次第です。

 拙論にご賛同いただける読者におかれましては、今後、執筆に際して、国際法によるhuman rightsの保障に言及される場合には、「ヒューマンライツ」とカタカナで翻訳していただければ、大変ありがたいと存じます。

 

 

※1 戸塚悦朗『外国人のヒューマンライツ―コリアンワールド創刊23周年記念出版』日本評論社、2023年。

 

※2 実は、私も1件を担当するようにお誘いを受けたのですが、辞退しました。それは、一人でも多くの若い弁護士の方にこの研究会に参加して欲しいと考えたからなのです。

 

※3 なお、(翻訳)「国連ヒューマンライツ高等弁務官事務所刊『非市民の権利』」(龍谷法学第55巻第1号、2号)の掲載を断念しましたが、龍谷大学図書館https://opac.ryukoku.ac.jp/のリポジトリにて読んでいただくことができますのでご参照ください。

 


◆戸塚悦朗(とつか えつろう)さんのプロフィール

弁護士。博士(国際関係学)。元龍谷大学法科大学院教授。ヒューマンライツを保障する国際法の実践・研究を専攻。英国王立精神科医学会名誉フェローに選任された。