2022.04.18 オピニオン

誹謗中傷対策の動向と今後の課題―プロバイダ責任制限法改正を中心に

成原 慧さん(九州大学准教授)



インターネット上の誹謗中傷

リアリティ番組の出演者がSNSで多数の誹謗中傷を受けて亡くなった事件などをきっかけに、インターネット上の誹謗中傷が改めて深刻な問題として広く意識されるようになり、誹謗中傷対策の強化を求める世論が高まったことを背景に、昨年(2021年)、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(プロバイダ責任制限法)が改正されるなど、誹謗中傷対策のための立法や政策が進展している。そこで、今回は、プロバイダ責任制限法改正を中心にネット上の誹謗中傷対策のための立法や政策のあり方について、今後の課題も含め考えてみたい。

 

プロバイダ責任制限法改正

インターネットでは匿名やハンドルネームのユーザーにより名誉毀損や侮辱が行われることも多い。その場合、被害者は、匿名の影に隠れた発信者を特定することができないと、民事訴訟などにより発信者の責任を追及することができなくなってしまう。そこで、プロバイダ責任制限法4条は、発信者情報開示請求権を定めることにより、被害者が発信者を特定し責任を追及することを可能にする手続を用意してきた。もっとも、発信者情報は、通信の秘密として保護され、発信者のプライバシーや匿名表現の自由とも密接に関わるため、発信者情報開示請求は、開示請求者の権利が侵害されたことが明らかで、開示請求者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合など正当な理由があるときに限り認められてきた。また、実際の運用上、被害者は、発信者を特定するために、SNSなどコンテンツプロバイダに対して発信者のIPアドレス等の開示を求める仮処分を申立て、開示を受けた上で、アクセスプロバイダ(ISP)に対して発信者の氏名や住所の開示を求める訴訟を提起するという、2回の裁判手続を経て、ようやく発信者を特定することができた(和解などにより解決しない場合には、さらに発信者に対して損害賠償を請求する訴訟を提起することになる)。このような何重もの手続により、被害者は多大な負担を負ってきた。また、手続を進めているうちに、プロバイダの保有する発信者情報のログが消去されてしまうこともあった。

 ネット上の誹謗中傷問題への関心が高まる中で、このような従来の発信者情報開示制度の課題が改めて注目され、総務省の研究会での法改正に向けた検討を促すことになった。発信者情報開示制度の見直しの方向性を示した研究会の最終取りまとめを踏まえ、プロバイダ責任制限法の改正案が国会に提出され、2021年4月に成立した。改正法では、一つの手続により発信者を特定することができるよう、新たな裁判手続として発信者情報開示命令事件に関する裁判手続が創設された(改正後のプロバイダ責任制限法8条〜18条)。また、SNSなど、ユーザーがログインした上で投稿を行う「ログイン型サービス」が増えており、それらの中には、投稿の際に通信記録の保存は行わず、ログイン等する際の通信記録(ログイン時情報)のみを保存するサービスが多いことを踏まえ、改正法では、ログイン時情報を開示対象とするために、特定発信者情報の開示請求権が創設(同法5条柱書)された。

 改正法は今秋までに施行予定であり、施行までに改正法に基づくルールや運用を具体化する作業が必要になる。本年(2022年)3月、最高裁は、発信者情報開示命令事件手続規則を定め、総務省は、改正法に基づく省令案を示し、パブリック・コメントにかけた。今後の実務的な課題として、発信者を特定するに当たっての、コンテンツプロバイダ、アクセスプロバイダ、業界団体、被害者(の代理人)、裁判所の間の役割分担・費用負担や連携のあり方を具体化する必要もあるだろう。改正法の導入した新たな裁判手続が裁判所の裁量の幅が広い非訟手続であるということもあり、実際の手続のあり方は、裁判所による改正法の解釈と運用にかかっている部分が大きい。裁判所には、個々の事案の性質に応じて、被害者の救済を迅速に図るべき事案と、発信者の通信の秘密、プライバシー、匿名表現の自由を重視して慎重に審理すべき事案を見極めるなど、柔軟かつ適正な法の運用が期待される。

 

複合的なアプローチ―プラットフォーム事業者による対応、侮辱罪の法定刑引上げ

 ネット上の誹謗中傷問題に、発信者情報開示制度の改革のみで対応することはできない。例えば、被害者にとっては、発信者の責任を追及するよりも、まずは自らを誹謗中傷する投稿が迅速に削除されることを切実に求める場合は多いだろう。昨今のSNS等での誹謗中傷問題を受け、総務省は2020年9月に「インターネット上の誹謗中傷への対応に関する政策パッケージ」を公表した。パッケージでは、誹謗中傷対策として、(1)発信者情報開示に関する制度整備に加え、(2)ユーザーに対する情報モラルおよびICTリテラシー向上のための啓発活動、(3)プラットフォーム事業者の取組支援と透明性・アカウンタビリティ向上、(4)相談対応の充実に向けた連携と体制整備を推進していくことが掲げられている。特に(3)については、プラットフォーム事業者による対応として、書き込みの削除や非表示、アカウントの停止、AIによるコンテンツモデレーション、規約やポリシーに基づくアーキテクチャの工夫などを挙げつつ、これらの取組に関する透明性やアカウンタビリティを確保する方策を講じることが期待されるとした上で、総務省が事業者による取組等を促進するための環境整備を行っていくとの方針が示されている。こうした政府の姿勢も踏まえ、ヤフーなど主要なプラットフォーム事業者は、AIも利用して誹謗中傷など違法有害情報が含まれる投稿の検知や削除を進めている。プラットフォーム事業者による削除等の対応は、発信者に刑事罰を科したり、損害賠償を請求することなく、誹謗中傷問題を予防または迅速に解決できる点で、被害者救済のためのみならず、表現(者)の自由との関係でも望ましいように見えるが、一定の表現を人々から見えないうちに抑制してしまい、裁判などに比べ手続保障も十分ではないといった問題も抱えていることに留意する必要がある。

 誹謗中傷の発信者の処罰の強化に向けた動きも進んでいる。昨今のネット上の誹謗中傷問題を背景に、法務大臣から諮問を受けていた法制審議会が侮辱罪(刑法231条)の法定刑引き上げを答申したことを受けて、侮辱罪の法定刑を「一年以下の懲役若しくは禁錮若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」に引き上げることを盛り込んだ刑法の改正案が国会に提出されている。侮辱罪の保護法益は、名誉毀損罪と同様に、外部的名誉、すなわち、社会的評価の保護にあると解されてきた。しかし、昨今のSNS上の誹謗中傷では、多数の誹謗中傷が特定の個人に集中することで、被害者の社会的評価の低下のみならず、被害者の名誉感情や自尊感情が傷付けられたり、私生活の平穏が脅かされたり、精神的被害が生じたりすることが深刻な問題となっている。侮辱罪の保護法益が外部的名誉であるとの立場を維持しながら、その法定刑を引き上げ、誹謗中傷事案に積極的に適用していくというアプローチのみでは、現実のSNS等での誹謗中傷が引き起こしている問題に適切に対処できないおそれがある。ネット上の誹謗中傷問題に対応するに当たっては、例えば、被害者に著しい精神的苦痛を与えるオンラインいじめ・ハラスメントを規制する立法を検討することも、有力な選択肢になろう。

 いずれにしても、複雑化・多様化し刻々と変化するネット上の誹謗中傷問題に銀の弾丸は存在しない。表現の自由や通信の秘密への副作用のおそれにも十分配慮しつつ、発信者情報開示を受けた被害者による発信者に対する損害賠償責任の追及、プラットフォーム事業者による削除等の対応、発信者の処罰などさまざまな手法を適切に組み合わせて、誹謗中傷対策に取り組み、その効果や副作用を踏まえ対策のあり方を適宜見直していく必要がある。

 

参考文献

特集「言論に対するゆるしと制裁」法学セミナー803号(2021年)

亀井源太郎「侮辱罪の法定刑引上げに関する覚書」法律時報94巻3号(2022年)

宍戸常寿「偽情報・誹謗中傷対策の法的課題」法律時報93巻7号(2021年)

曽我部真裕「改正プロバイダ責任制限法の概要と成立の背景・経緯」ビジネス法務21巻8号(2021年)

西貝吉晃「サイバーいじめと侮辱罪」法律時報93巻10号(2021年)


◆成原 慧(なりはら さとし)さんのプロフィール

九州大学法学部准教授。専門は情報法。主な著作に、『表現の自由とアーキテクチャ』(勁草書房、2016年)、『ナッジ!?―自由でおせっかいなリバタリアン・パターナリズム』(勁草書房、2020年、共著)、『ヘイトスピーチ規制の最前線と法理の考察』(法律文化社、2021年、共著)、「媒介者責任の再検討」法学セミナー803号45頁(2021年)など。