2021.09.27 オピニオン

大学生は「貧困」問題をどう考えているのか

久保田 貢さん(愛知県立大学教員・教育学)



1.はじめに

 わたしが大学の講義で「貧困」問題について話すようになったのは十数年前からでしょうか。2000年代半ばから、良心的なマス・メディアが「貧困」問題を可視化し、貧困研究が進みました。中学校や高校でも、一部の意欲的な教師たちが授業で貧困を取り上げ、わたしも大学生に教える必要があると考え始めたのです。

 しかし、講義をすると学生の認識との間に「ズレ」を感じるようになりました。貧困の実態が伝わっていない、貧困解消のための方策を提示しても理解されていない、そんな気がしてきたのです。なぜ伝わらないのか。毎回の講義では学生に無記名で感想を書いてもらっているのですが、そこからいくつかの要因が見えてきました。

 

2.大学生の経済・社会保障・労働についての認識

 一つは、今の大学生の金銭感覚にあります。彼らのほとんどが、社会に出た時にどのように家計をやりくりするのか、具体的な収入支出の想定ができていません。大卒で初任給がいくらくらいか、生活費はいくらかかるのか、社会保険や税などの額がどれくらいか、考えたことがないのです。貧困当事者ももちろんいます。奨学金を得ながら苦労している学生もいます。しかし少数派です。コロナ禍で減ってはいるものの、アルバイトで一定の収入を得ては散財し、お金を計画的に使う経験に乏しい学生のほうが多いのです。彼らにとって、「子育てしながら年収200万円で…」という事例はとても遠い話で、苦しさをなかなか実感できません。

 そこで、講義では貧困の話の前に、「卒業後の22歳・一人暮らし」を想定したシミュレーションをすることから始めるようにしました。希望職の初任給、生活にかかる額、これらを予想してもらったうえで、現実のおよその額を提示します。さらに、税や社会保険がどれくらいかかるのか、年収はおよそいくらになるのか、示します。今年度の講義でも次のような感想がいくつもありました。「もうすぐ二十歳になるというのに、生活費について考えたこともなくて、このままでは自分が自立できないことがよくわかった」。この状況ではいきなり貧困の事例を示しても理解するのは難しいでしょう。

 二つめに、社会全体で公平性を保つためにお金をどのように集め、使っているのか、関心がなく、理解も乏しいことです。社会保険の名目なり、社会保障のしくみなり、用語をあげれば「それ、聞いたことある」という反応をすることもあります。しかし、具体的にどういう内容か、なぜ必要なのか、どこが不十分なのか、ほとんどわかっていません。「生活保護」の名称は知っているけど、いかなる場合に受給できるのか、知っている学生は毎年ゼロです。ましてや、生活保護基準に該当する人のうち実際に受給している割合(捕捉率)が日本では2割を超えるくらいで、他国と比べて著しく低いという事実、生活保護基準が引き下げられている事実は知るはずもありません。就学援助を理解している学生もまずいません。しくみだけでなく、憲法第25条をはじめとした社会権はなぜ必要かという理念まで、基本的な知識はほとんど身についてないといってよいでしょう。

 三つめとして、一方で彼らは厳しい競争的環境の中で生きていて、「自己責任」圧力を強く受けて育っています。「負け組になるのは自己責任」と言われながら、受験勉強を強いられてきました。また、高所得層ほど子どもを高学歴に育てることができるので、わたしの周囲では幼少期からいくつも塾や習い事を経験した学生がほとんどです。彼らは自分の成育歴を標準として他者を見ます。貧困に苦しむ人に対しても「怠けているだけでしょ?」「努力が足りなかったからだよ」と考えがちです。支配層はこうやって社会の「分断」を図ってきました。

 先日、メンタリストのDAIGO氏による生活保護受給者への差別発言が話題になりました。おそらく彼も生活保護のしくみや実態について理解しないまま、いわば「勝ち組」意識であのように述べたのでしょう。あの発言は、彼だけではない、現代社会が生み出した象徴的な事例として、わたしは考えています。

 ではどうすればよいのか。社会保障のしくみと必要性について具体例をもとに基礎から理解を育むことです。講義では、先のシミュレーションと照らし合せながら社会保険の内容を確認しました。さらにその他の代表的な社会保障を具体的に説明します。生活保護については、ある漫才師が母親の受給をめぐってバッシングを受けた事例(2012)と、千葉県銚子市・県営住宅追い出し母子心中事件(2015)について概説し、問題がどこにあるのか映像もまじえてていねいに話します。学生は何人も「無知がいかに怖いことか、わかってきた」と書いてきます。無理解が弱者を苦しめている事実を学ぶのです。また、世帯収入と子どもの学歴に相関関係があることや、現代の貧困が見えにくいことも伝えます。困窮する一人親家庭のドキュメンタリー映像を見せると「自分の周りにも同じような子がいたかもしれない」という意見も出されてきます。こうして貧困問題が彼らにも少しずつ身近なものになっていきます。ようやくリアリティを持って受け止めるようになるのです。

 四つめに、資本の論理は巧妙に広められていて、学生自身がだまされているにもかかわらず、なんら疑問を持っていない状況があります。ある意味で「従順」で、批判的に分析することが不得意です。前述のとおり、社会全体のお金の流れに関心がないので、高額所得者の所得税率が引き下げられていることや法人税率が軽減されていることなど、何も知りません。それゆえ「福祉を充実させるための消費税増税」という論理を疑いもなく信じています。講義ではデータをもとに税制の変化について解説していきます。大企業はなぜ内部留保を増大し続けてきたのか、格差がどうして拡大しているのか。公平な税制を確立して貧困を根絶していくために、必要な知識だからです。

 また、今年度の学生も「アルバイトでも有休が取れるのを初めて知りました」という感想が驚くほど多数ありました。自分が低賃金労働でかつ雇用の調整弁となっているのに、労働に関する知識がなくて損をしているのに、その現実に気づいていません。そこで、講義では時間のある限り、労働基準法の基礎知識をクイズ形式で学ぶ時間をつくります。労働者がまっとうに働くことができるように勝ち取ってきた諸権利を、覆そうとしている資本の姿を学ぶのです。労働者が賢くなりながら団結しなければ、資本の論理を抑え込むことはできません。その試みの第一歩です。

 

3.「反貧困」授業を実践する教師たちにエールを送りながら

 大学生の認識について述べてきました。他の年代の人びとに共通することもあるでしょう。もっとも、今の大学生は教育行政によって「キャリア教育」を強要されてきた世代です。たとえば2000年代半ばから中学校などで「職場体験学習」が本格化しています。「仕事への意欲」と「社会への適応力」だけは育もうとされた世代であり、あとは自己責任で生き残れという圧力が強化された世代でもあります。

 職場体験に行ったなら、それをきっかけに、職場での労働者の諸権利や、働く人の平均賃金、税負担などを探究する授業は中学生にもできるはずです。家計のシミュレーションもかんたんです。つまり、わたしが大学生に試みている講義は、中学高校の社会科、家庭科、特別活動などの時間に展開できる内容です。実際、冒頭にふれたように、そういう実践を続けている教師たちはいます※1。ところが圧倒的に多くの教室では、「有給休暇」も「医療保険」も暗記対象の用語でしかありません。最後のセーフティネットである「生活保護」も同様です。生活保護が十分に機能せず、多くの人に誤解されているのは、教科書に載っていても「生きるための知」として教えられていないからではないでしょうか。

 格差を解消し、貧困を根絶するためには、憲法で保障された社会権的基本権について学びあう必要があります。そして、すべての人に権利を保障するとはどういうことなのか、富を再分配するシステムをどう作り直していくのか、研究成果をもとに合意を形成することです※2。そのために学校教育の役割はきわめて大きいのです。わたしも大学で講義をすすめながら、「反貧困」授業に取り組んでいる教師たちにエールを送り、そのような授業がさらに広まるよう、研究と支援を続けたいと思っています。

 

※1 労働問題を高校生と学びあった事例として、石井拓児・宮城道良『高校生・若者たちと考える過労死・過労自殺』(学習の友社、2021)等。

※2  そのための参考文献として、稲葉剛他『ここまで進んだ! 格差と貧困』(新日本出版社、2016)、平松知子他『誰も置き去りにしない社会へ―貧困・格差の現場から』(新日本出版社、2018)等。


◆久保田 貢(くぼた みつぐ)さんのプロフィール

愛知県立大学教員(教育学)

著書・論文

『知っていますか?日本の戦争』新日本出版社、2015年。

『考えてみませんか 9条改憲』新日本出版社、2016年。

『ジュニアのための貧困問題入門』平和文化、2010年(編著)。

「『主権者教育論』再考-その歴史と現在-」『教育学研究』第84巻第2号 、2017年。

「 新自由主義イデオロギーに対抗する政治主体形成の教育実践」教育目標・評価学会編『〈つながる・はたらく・おさめる〉の教育学 社会変動と教育目標』日本標準、2021年。