2019.11.25 オピニオン

ゲノム編集食品制度――問題はリスク管理体制と“選ぶ権利”の保障

高橋宏通さん(パルシステム生活協同組合連合会 常務執行役員広報本部長)



遺伝子改変――GMOと同じ

 厚生労働省は10月1日から、「ゲノム編集」技術を使用した食品を対象とした流通や販売に関する届け出制度を開始した。早ければ年内にも流通する見通しだ。制度は、一部について安全性審査が義務付けられておらず、国への届け出や食品への表示も販売側の任意とされている。パルシステムでは、人々のくらしと健康、そして環境を守る立場から、強い危惧を抱いている。

 ゲノム編集は、酵素などを使用して特定の遺伝子(塩基配列)を切断する技術を指し、切断から修復される際に誘発された突然変異を選別して品種を改良する。医療分野でも研究が進んでおり、遺伝子疾患や免疫低下につながる病気の治療法開発などが期待されている。切断した箇所に外来遺伝子を組み込ませる遺伝子組み換え技術もゲノム編集のひとつで、人為的に遺伝子を改変するという意味では根本的な違いはない。

 こうしたゲノム編集技術に対し厚生労働省は、特定の遺伝子を切断する技術は従来の品種改良と「同程度のリスク」と評価し、科学的にも自然界に発生する突然変異と見分けられないことを理由に安全性審査を不要と判断した。

 そのため新制度では、特定の遺伝子を切断する手法の場合は安全性審査を義務化せず、届け出を任意で求めることとした。届出前に食品の開発者などが厚労省に相談し、同省が安全性審査の要否を判断するという。別の遺伝子を新たに組み入れる技術を使った場合は、遺伝子組み換え食品と同様に食品衛生法に基づく安全性審査が行われる。この制度には、多くの懸念が残る。

 

自然交配でも発生するリスク

 なかでも自然交配による品種改良と「同程度のリスク」とした評価は、理解しがたい。自然交配による突然変異でも、人間や生態系に危害を加える新種は出現するからだ。ひとつの例が「交雑フグ」と呼ばれるものだ。海水温の上昇などによる生息域拡大で、これまで交配することのなかった品種の交雑が深刻化している。フグは体内に中毒物質「テトロドトキシン」を有し、含有する部位は精巣や皮、筋肉など種ごとに異なる。交雑フグは、毒の部位が違う可能性がある。ものによっては見た目の判別も難しく、流通する恐れも高まっている。

 行政や業界団体は、こうした変異への対応し漁業者や市場、流通業者などへ情報提供と注意喚起を促し、流通を防止している。これができるのも、長期にわたる知見の蓄積によるものだ。自然界の突然変異に対しても、異種の発見と情報集約、安全審査が確立されているからこそ科学的根拠を確立し、安全性が保たれている。

 また近年では、新型インフルエンザをはじめとする疫病が相次いで流行している。新種のウイルスもまた、人工的に生み出されたウイルスではなく自然界における変異現象によるものだ。

 自然交配でもゲノム編集でも、人間が意図しない方向にもなりうるのが突然変異であり、生命体の健康や生態系などに影響を与える危険性を有している。その管理に慎重な対応が求められるのは、当然といえよう。

 その一方で、研究レベルでは不完全としかいえない規制がとられている。ゲノム編集の研究施設には「P4レベル」と呼ばれる密閉性の高い設備環境が求められていない。拡散リスクの高い施設での実験は、意図せず実験体が外部へ漏出する「バイオハザード」が発生する危険性が高まる。

 遺伝子組み換えでは、国内で栽培を禁止しているはずの組み換え菜種がすでに自生している。また最近では、2018年9月に岐阜県で確認された豚コレラが関東地方や近畿地方でも感染が確認され、各地へ拡大し続けている。このように、生命体の拡大を防止することは困難であり、できるだけ狭い範囲で封じ込めるには研修施設の密閉性に一定の規制を設けることが必須となる。

 

安全管理責任を放棄した新制度

 これまでの社会制度では、食品添加物や化学合成農薬といった食品に使用する物質について厳格な安全審査を求めていた。しかしどれだけ審査を尽くしても、十分な安全評価にならないというのが、長年積み重ねてきた知見である。

 厳格な安全性の確保を実施するのは、食品添加物や化学合成農薬による人体への影響が人間の目に見えないことも大きな理由のひとつといえる。健康被害の因果関係が容易にできないからこそ、事前に検査する必要がある。

 遺伝子操作による被害もまた、一般的な消費者には立証できるはずがない。しかも遺伝子レベルの変異となれば、次世代以降に影響が顕在化する可能性も否定できない。こうした研究結果を義務のない届出のみとし安全審査もなければ、政府は情報把握と安全性確保の責任を放棄したといっても誤りではないだろう。

 ゲノム編集や遺伝子組み換えに危機感を抱える生活者は、自分の判断でリスクを管理しながら自衛した生活を送るしかない。それにもかかわらず、新制度では、届出の義務もないことから食品の製造・流通事業者へ表示義務を課すこともできない。

 人々の命と健康、ならびに地域の環境を守る生協として、新制度はあまりに不備が多すぎる。パルシステムでは従来から、生態系への影響などを鑑み、遺伝子組み換え作物の生産に反対し、現行制度については区分管理と情報公開、食品への表示義務化を求めてきた。ゲノム編集食品についても、最低限の要求として遺伝子組み換え技術と同等の管理体制を求めるとともに、流通の際には消費者が選択するに十分な情報の公開を求めている。購入を決めるのは消費者である。その消費者の「選ぶ権利」を、国民の生活を守る政府として保障すべきだ。

 


◆高橋宏通(たかはし ひろみち)さんのプロフィール

 

パルシステム生活協同組合連合会 常務執行役員。

1960年東京都生まれ。1982年、茨城労働生活協同組合に入協、1990年に首都圏コープ事業連合(現パルシステム)に移籍。1995年、株式会社ジーピーエス(パルシステムの農産物・米部門の仕入れ、規格・販売・物流などを担う子会社)に移籍、2008年より同社常務取締役。2011年、パルシステム連合会に移籍、食料農業政策室長、産直推進部長、事業広報部長を歴任し2015年より広報本部長、2017年より現職。