2024.01.12 シネマde憲法

映画『PERFECT DAYS(パーフェクト・デイズ)』

花崎哲さん(憲法を考える映画の会)



 予告編も見ず、映画の紹介なども読まず、ただ役所広司が公園のトイレ掃除をする人を演じる、カンヌ映画祭で主演男優賞を取った作品という知識と印象だけで、この映画を見にいきました。映画館はほぼ満席に近い状態、それでも静かな客席の雰囲気にちょっと驚きました。ここに来た人はこの映画をどんな映画と期待して見に来たのだろう。映画も、映画館内の空気も「静謐」という言葉が当てはまるような気がしました。映画を終えて客席を立つ人々の表情は、よくわからなかったけど、期待していたものにある程度応えられた満足感があるように思えました。

(あらすじ)
 東京・渋谷でトイレの清掃員として働く平山。淡々とした同じ毎日を繰り返しているようにみえるが、彼にとって日々は常に新鮮な小さな喜びに満ちている。昔から聴き続けている音楽と、休日のたびに買う古本の文庫を読むことが楽しみであり、人生は風に揺れる木のようでもあった。そして木が好きな平山は、いつも小さなフィルムカメラを持ち歩き、自身を重ねるかのように木々の写真を撮っていた。そんなある日、思いがけない再会を果たしたことをきっかけに、彼の過去に少しずつ光が当たっていく。(映画.『PERFECT DAYS』解説より)

 判で押したような日々の暮らし。これもまた順番に、時間を省略すること無しに淡々と繰り返し描かれていきます。そうすることで、映画を見ている私たちは、彼の日常をつぶさに体感することになります。それは彼がこの生活に満足している気持ちをも共有することにもなります。
 カセットテープ、フィルムカメラ、文庫本……、彼が日常の喜びや楽しみを受け取るアイテムは、今や過ぎ去った時代の遺物。しかし彼はそれらが届けてくれるものを大切にしていることがわかります。彼の楽しみ、そして彼のこれまでの人生を物語るものとも言えます。彼自身がどんなに今の生活を大切にしているかがわかってくるような気がします。
 そのことがわかってくると、つい彼が満足できなかった過去があるのではないか、だから人とにつながりを避けて、今の仕事と生活に熱中しているのではないかと、下世話な想像をしてしまうのです。

 しかしそんな生活にも静かに、さざ波が立ち始めます。それは人とのつながりから起こるさざ波です。はじめは誰ともわからない公園トイレに置かれた利用者との交換ゲーム。仕事に不満な同僚。同僚のガールフレンド。姪。スナックのママ。……。

 

  いったい彼の過去に何があったのだろう、結末はどうなるのだろう?描かれているのが、几帳面な生活の繰り返しだからこそ、先々をあれこれ見越して引きつけられていくサスペンスです。ちょっとしたゆらぎさえも見逃さないようにと没入します。その「ゆらぎ」は、この映画のもうひとつのテーマ・イメージの木々の揺らぎ、その光と影、見え方にもつながります。それは彼が毎夜見る夢のイメージでもあります。主人公のセリフは数えるほどしかありませんが、その表情は、人とのつながりをもつようになるに従って、次第に豊かなものに変化していきます。その変化を気付くのもこの映画を見る楽しみになります。


  「もっと今のまんまで、いられないか」
 ある程度の仕事を終えて、リタイアした人が思うことは、こんな言葉に集約されます。(役所広司演じる平山は立派に現役ですが、)あるいは人生の終わり、死を予期しなければならない境遇にある友山の言葉。かつて付き合いのあったスナックのママを訪ねたことを、「あやまりたい」いや、「お礼を言いたいんだ」、いや、「会っておきたかったんだ」と説明します。懐かしむというのともちょっと違う、振り返る、それでどうするわけでもない、ただ納得したいという気持ち。
 人にはそれぞれ、自分の仕事とか、生活とか、それを考える気持ちの中に、ささやかで落ち着いたやすらぎであったり、満足であったり、心残りであったり、そういったものがいつもあるんだなと、ぼんやり考えさせられる作品です。そして、では自分はどうなのかと鏡を見るように、自分の今の生活、趣味、仕事、生きがい、そして人生の時間を淡々と振り返る、先を見越す。結論はちっとも出ていないのですが、そうした気持ちを楽しめる作品です。人にすすめたくなる作品です。

 さて憲法とのつながりをどこに求められるでしょう。労働?生活?福祉?……。いや、人それぞれの生き方をふりかえるということ、人とのつながりも含めて、その豊かなものを感じさせる映画でしょう。25条の「すべて国民は、健康で文化的な生活を営む権利を有する」。

あるいは13条「すべて国民は個人として尊重される。生命、自由、幸福追求に対する国民の権利」について考えるということでしょうか。「幸福追求」という言葉を憲法条文に入れた憲法はほかにもあるのかなあ、とぼんやり考えました。

【スタッフ】
監督:ビム・ベンダース
脚本:ビム・ベンダース 高崎卓馬
製作:柳井康治
エグゼクティブプロデューサー: 役所広司
プロデュース:ビム・ベンダース 高崎卓馬 國枝礼子 ケイコ・オリビア・トミナガ 
   矢花宏太 大桑仁 小林祐介
撮影:フランツ・ラスティグ
美術:桑島十和子
スタイリング:伊賀大介
ヘアメイク:勇見勝彦
編集:トニ・フロッシュハマー
リレコーディングミキサー:マティアス・ランパート
インスタレーション撮影:ドナータ・ベンダース
インスタレーション編集:クレメンタイン・デクロン
キャスティングディレクター:元川益暢
ロケーション:高橋亨
ポスプロスーパーバイザー:ドミニク・ボレン
VFXスーパーバイザー:カレ・マックス・ホフマン

【出演者】
役所広司(平山正木)
柄本時生(タカシ)
アオイヤマダ(アヤ)
中野有紗(ニコ)
麻生祐未(ケイコ)
石川さゆり(ママ)
田中泯(ホームレス)
三浦友和(友山)

    2023年製作/124分/日本映画
配給:ビターズ・エンド

【公式ホームページ】
【予告編】
【上映情報】TOHOシネマシャンテ(新宿)、TOHOシネマズ渋谷他全国上映中