2022.10.31 シネマde憲法

映画『オレの記念日』

花崎哲さん(憲法を考える映画の会)



 冗談めかした、じゃれるような笑顔で活発に動き回る姿の中に、その人でなければならない言葉がひそんでいます。作品は、それを上手にすくい取っていきます。桜井昌司さんは29年の獄中での生活の中で「自分に嘘をつかない」、「自分のことばで自分を汚さないように」決めました。そして歌、詩、俳句、あらゆる形で自分を探す言葉を求め続けました。

【作品の解説】
 「布川事件」で冤罪逮捕され、29年間を獄中で過ごした桜井昌司さんを追ったドキュメンタリー。1967年8月に茨城県利根町布川で発生した強盗殺人「布川事件」で冤罪により無期懲役判決を受け、20歳から29年間にわたって獄中生活を強いられた桜井さん。2011年に無罪判決、21年には国家賠償裁判で完全勝利を収めた。19年には末期ガンで余命1年の宣告を受けたが、2年が過ぎた現在も精力的に全国を駆け巡っている。桜井さんは獄中にいた時から両親や自分自身へ向けて多くの詩を書き綴っており、逮捕された日さえも「記念日」と呼ぶなど、次々と降りかかる困難を言葉の力で乗り越えてきた。(映画.com 『オレの記念日』「解説」より)
 
 金聖雄監督は、これまで冤罪被害者を描いた3つの作品を作っています。『SAYAMA みえない手錠をはずすまで』(狭山事件)、『袴田巖 夢の間の世の中』(シネマde憲法2016年2月1日)『獄友』(シネマde憲法2018年3月5日)です。「冤罪」に対する被害者の苦しみや怒りを、あらためて社会に訴えることはもちろんですが、それだけでなく,冤罪という経験を経た冤罪被害者やその支援者の人間的な魅力を豊かに描いています。
 常に、桜井さんら冤罪被害者の身近にあって、その視点に立って、その心中、辿り着いた気持ちを語る言葉を捉えます。
 大きなシーンとシーンとの合間に入る何気ない風景が、印象的です。賑やかに動き回る桜井さんの活発、活動的なシーンの合間で、そうした活動の底にある深い、深い、桜井さんの心象を表しているような気がするのです。
 桜井昌司さんは、獄中にあったことを「自分自身を自分にした、ほんとに楽しさしか思い出さない」と言います。桜井さんが経てきた人生を知る観客はおそらく「そんなはずは無いだろう、どうして?」という気持ちになります。桜井さんがどうして、そのような境地になったのか、あるいは、あえて、そう自分に言い聞かせてきてそこに辿り着いたのか、それを解き明かしていくこの映画の物語なのかもしれません。
 そのような気持ちを創ったのも、桜井さんを支えた多くの人に対する信頼かもしれません。
 その最大の存在は奥さんの恵子さんでしょう。出会うまでは布川事件も、冤罪ということも知らなかったという恵子さん。二人で歩んだそれからの日常の中に、桜井さんが負った傷がどんなに深いものだったか、そしてそれがどのように癒やされていったのでしょうか。「夫の荒々しい感情が少しずつ氷解していくのが感じられた。」
 同じ「布川事件」の冤罪で服役して、先に亡くなった杉山さんへの思い。
 そして現在、「冤罪犠牲者の会」の活動で、冤罪被害者支援に全国を走り回る桜井さん。「冤罪」仲間である袴田巌さん、お姉さんの袴田ひで子さん。狭山事件の石川一雄さん、早智子さん。「(冤罪被害者同士)何も言わないでもわかり合える。」同じような冤罪の苦しみを味わった青木恵子さんとの軽妙なやり取り。
 桜井昌司さんの生き方、その人間性を描いた部分が大半ですが、桜井さんの長い時間、人生を壊した裁判への疑問、怒りも直接的ではありませんが強く描かれています。
 法学部の学生たちが行った「模擬裁判」に桜井さんは招かれます。「法廷」のやり取りを見つめる桜井さんの真剣な目。その表情に、裁判というものに対するこみあげてくるものがあるのだろうと感じたら、見ているだけで涙ぐんでしまいました。
 模擬裁判の判決が終わった後、桜井さんは、司法をめざしている若者たちに、落ち着ついた、ていねいな言葉で語りだします。「「残念ながら私は、冤罪体験をする中で裁判官の頭の良さって常識無いって理解した方がいいと思っていまして、あの方たちは単に頭のいいバカだと思っているんですね。申し訳ないですけど。」
 模擬裁判の後の桜井さんの言葉が更に続きます。「これから司法試験に合格する、挑戦する方にも心得てほしいんですけど、司法試験に合格することが物事を判断する能力じゃないですね。本当に常識、一般の常識を持ってやってほしいと思いますね。とくに警察官になる方に申し上げたいんですけど、ノーという常識を持ってほしいと思うんですよね。……」
 「頭がいいのだろうが心がない」。それは良く聞かれる言葉ですが、映画の中の桜井さんの言葉ほど、痛切にそれを感じたことはありません。ここでは裁判官、弁護士、警察官といった司法関係者に対して向けられた言葉ですが、拡げれば、すべての役人、公務員、政治家にも通じることばと思います。あるいは憲法が示していることが何なのかを考えようとしない人々すべてにも言いあたることと言えるかもしれません。

【スタッフ】
監督:金聖雄
構成:野村太
撮影:池田俊巳 渡辺勝重
現場録音:池田泰明
録音:吉田茂一
編集:野村太
音楽:吉野弘志
演奏:吉野弘志
語り:小室等
スチール:村田次郎
イラスト:千葉佐記子 石渡希和子
デザイン:加藤さよ子
制作デスク:沢口絹枝 若宮正子

【出演者】
桜井昌司 
桜井恵子
杉山卓男
袴田巌
袴田ひで子
青木恵子
石川一雄
石川早智子

2021年製作/104分/日本映画/ドキュメンタリー
配給:Kimoon Film

公式ホームページ
予告編
上映情報:ポレポレ東中野、第七藝術劇場(大阪)ほか全国上映中
日本国民救援会主催ほか自主上映会開催