映画『長崎の郵便配達』(英名:The Postman from Nagasaki)
花崎哲さん(憲法を考える映画の会)
谷口スミテル(稜曄)さんの被爆当時の写真を見たことがあります。子どもの頃見た原爆の記録映画、あるいは歴史写真集の中の1枚だったでしょうか。原爆の恐ろしさを胸に、頭に刻み込んだ1枚です。「人は、あまりにもむごい光景を見ると口をつぐんでしまう」ということがわかりました。
しかしこの映画には、そうした原爆の悲惨さだけでなく「こんなことを二度と繰り返してはならない」という反戦の強い意志と願いが人と人とのつながりから生まれ、伝えられていくという希望が描かれています。
【映画の解説】
戦時中にイギリス空軍の英雄となり、退官後は英国王室に仕えたピーター・タウンゼンド大佐。1950年代にはマーガレット王女との恋が報じられ、世界中から注目を浴びた。
その後ジャーナリストとなった彼は、長崎で被ばくした男性・谷口稜曄さんを取材し、1984年にノンフィクション小説「THE POSTMAN OF NAGASAKI」を発表する。谷口さんは16歳の時に郵便配達中に被ばくし、その後生涯をかけて核廃絶を世界に訴え続けた。
映画ではタウンゼンド大佐の娘で女優のイザベル・タウンゼンドが2018年に長崎を訪れ、著書とボイスメモを頼りに父と谷口さんの思いをひも解いていく姿を追う。(映画.com「解説」より)
映画は、表情豊かな長崎後を舞台に、時間を超えて結びつけられる4人の出会いとつながりによって描かれていきます。
被曝した郵便配達の少年に被爆当時の話を聞き、本を著した元英国空軍パイロット。その父の残した本「THE POSTMAN OF NAGASAKI」をたよりに、亡き父の思いを探すナガサキへの旅の出た娘。そしてこの映画の作り手は、元郵便配達の少年からこの本の復刊を望んでいることを聞きいたことから、この映画の制作を始めます。
1978年にピーター・タウンゼンドさんが谷口スミテルさんと出会って、被爆の話を聞き、伝えようとしたことが何であったのかが、彼が残したインタビューのテープ、残された写真、映像、そしてイザベル・タウンゼンドさんが訪ね歩く、今の長崎の風景や人々の生活の営み、そして何より一人ひとりの記憶に残されている言葉によって解き明かされていきます。
元空軍パイロットで作家の父、ピーター・タウンゼンドさんが世界をめぐり、そこで追求したものは明らかです。「戦争犠牲者となった子どもたち」です。
谷口スミテルさんの話の中で、強くひかれた場面が二つあります。
一つは原爆が投下された瞬間。路地で遊んでいた子どもたちとスミテルさんが言葉を交わした時の情景です。彼の目に映っていたものは、いわば子どもの目に映った子どもたちの被曝の瞬間。このシーンは後にイザベル・タウンゼンドさんが演出する少年少女達の演劇の中で再現されます。
そしてもう一つ、スミテルさんが子どもたちを連れて海水浴に行った時、スミテルさんの背中のやけどの痕を見て子どもたちが泣き出した時のこと。背中の傷がどのような意味を持っているかを初めて子どもたちに話すスミテルさん。きちんと話すことでちゃんと伝わる、いや、ちゃんと伝えなければならないということをスミテルさんが自覚した時を想像させ、不思議な清々しささえ感じました。
そのいずれもが、「子どもに伝える」「次の世代に伝えなければならない」というこの映画のテーマになっているように思いました。
父が娘に、被爆者が外国人の聞き手に。そしてそれを今、これからも、時代、世代を超えて、伝え続けなければならないというメッセージが、ひたひたと感じられてきます。
「父はナガサキに何を求めて行ったのか、そこで何を伝えようとしてこの本を著したのか。」
それを長崎の旅の中で確かに感じ取ったイザベル・タウンゼンドさん。それは谷口さんが国連本部の核不拡散条約再検討会議で行ったNGO代表としての演説に現れています。
「NO MORE HIROSHIMA、NO MORE NAGASAKI、NO MORE HIBAKUSYA、そしてNO MORE WAR。」すべての戦争を無くしていくことこそ「戦争被害者の子ども達を無くすこと」そして、そのために自分は何をしたらよいのかを考えさせられるものです。
イザベル・タウンゼンドさんは、娘の学校の少年少女たちの演劇に、谷口スミテルさんの被爆の瞬間を伝え聞いたことを織り込みました。戦争が子どもたちにもたらすものを、子どもたちに伝えようとしたのです。そしてこの映画を見た人は、また、その子どもたちの演技を見て、「戦争を無くしていくために自分は何が出来るか」を考え、さらに次の世代に自分の知ったことを伝えていく、この映画はそうした役割の一つとなるものと思いました。
この映画を見るちょうど1ヶ月前、私は『TOMORROW明日』(シネマde憲法2022年8月1日)という映画の上映会をしました。ナガサキに原爆が落ちる1日前24時間の人々の暮らしぶり、命のありようを描いた映画です。この映画の中のスミテル少年もその人々の中の一人のように思えてなりませんでした。
そういえば、ピーター・タウンゼンドさんの著作の題名でもあり、この映画の題名でもある『長崎の郵便配達』の赤い自転車と配達少年。それは時代、世代を超えて「戦争を繰り返してはならない」というメッセージを配達していくアイコンのようだと、映画の終わりの方になって気がつきました。
【制作スタッフ】
監督・撮影:川瀬美香
構成・編集:大重裕二
エグゼクティブプロデューサー:柄澤哲夫
プロデューサー:イザベル・タウンゼンド 高田明男 坂本光正
プロダクション・アシスタント:坂本肖美
音楽:明星・Akeboshi
【出演者】
イザベル・タウンゼンド
谷口稜曄
ピーター・タウンゼンド
配給:ロングライド
2021年製作/97分/日本映画/ドキュメンタリー
公式ホームページ
予告
予告映像(映画『長崎の郵便配達』高校生制作 予告映像だそうです)
上映情報
シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺ほか、全国上映中