2020.04.20 シネマde憲法

映画『白い暴動』(原題:White Riot)

花崎哲さん(憲法を考える映画の会)



 ヘイトスピーチとかレイシズムという言葉の意味を私が知ったのは恥ずかしながら、つい最近、2010年代になってでした。そのヘイトのすさまじい嵐が、イギリスをはじめヨーロッパで1970年代に吹き荒れていたことも、当時は余り関心をもっていませんでした。

 そのイギリスで排外主義やヘイトを動かしていた世代も、またそれに抗するアゲインストの動きを見せたこの映画の主人公たちも自分たちと同世代です。そしていま、人種差別、移民問題、排外主義の問題が、イギリスでも、ヨーロッパでも、アジア、日本でも大きな問題になっています。それとどのように立ち向かうか、どう考え、どうしていったら良いか、この映画の主人公たちの考えたこと、行動したことは私たちにその意志と意欲、そしてある種の勇気を与えてくれます。

 

 音楽のことがまったくわかっていないので、やや長くなりますが、この映画のパンフレットの「STORY」から書き写させていただきます。この映画に描かれた時代と運動の背景が、まるで教科書のように分かりやすく書かれています。

 

【解説】

 第二次世界大戦後、労働者不足を解消するために移民を多く受け入れたイギリス。しかし70年代になると経済の深刻な不振によって安い労働力である移民たちに職を奪われてしまうという不安が募り、排外主義、人種差別意識が高まっていく。

 「移民の身柄を拘束して全員を国外に出すべきだ」と過激な主張をする保守党議員のイーノック・パウエルをエリック・クラプトンが支持し、デヴィッド・ボウイは「ファシストを国のリーダーに」と発言するなど、著名人の人種差別発言やスタンスがメディアで取り上げられ、極右団体のイギリス国民戦線(NF)が我が物顔で示威行動を繰り返す。

 そんな暗い影が忍び寄るロンドンで、芸術家のレッド・ソーンダズはザ・クラッシュのライブでのパワーに触発され、「イギリス国民は一つだ」と声を上げ、レイシズムに立ち向かっていく。その意見に賛同したロジャー・ハドルと仲間たちと共に「ロック・アゲインスト・レイシズム」(RAR)を創設。彼らの差別反対を訴える投稿を音楽メディアが取り上げたことをきっかけに賛同者が増えていき、主張とカルチャーをうまく取り込んだ雑誌「テンポラリー・ホーディング」を自費出版してライブ会場などで販売。そのメッセージはザ・クラッシュやトム・ロビンソン・バンドといったパンクバンドでだけでなく、差別する側であったスティール・パルスら移民2世によるレゲエ・バンドからも指示されるようになっていった。

 当時は交わることがなかったパンクとレゲエを音楽的な意味合いで結びつけたのはザ・クラッシュだったが、人種差別、移民排斥は許さないというスローガンのもとに二つのジャンルを結びつけたのはRARだった。

 しかし、NFはRARに対抗し、パンクを扱った雑誌を発行。さらに黒人やアジア人、RARのメンバーを標的にして襲撃を始める。RARのバッジをはずさないと危険なほど状況が悪化する中、レッドたちはロンドンのトラファルガー広場からNF支持者が多く住む地区にあるヴィクトリア・パークまで約8キロに及ぶ大規模な行進を計画する。(パンフレット『白い暴動』STORYより引用)

 

 印象的なシーンがあります。デモの集合時間前の早朝の広場を描いたカットです。

 「その朝、出発点のトラファルガー広場は小雨が降っていた。『誰も来やしないよ』警備の警官たちが言っていた」その時を語る当事者たちの語りに、それでも当時、彼らの胸の中には熱いものがあること、その後に始まる大きなうねりを予感させるものがあることを感じさせます。

 同じ1975年半ば、規模と内容はとてつもなく違っていますが、20代だった私たちも、それまで誰もやったことのない催しを開いたことがあります。その日の朝、会場に向かう時、同じ空気の中に浸っていたことを思い出しました。

 冷たい雨、共感、熱い胸の内。今まで誰もやらなかったこと、既存のものに取って代わる新しいものを作り上げることには、きっと共通な熱がある、そんなことを考えました。

 それぞれに齢をとって、若い頃とは随分見かけの違った当時のミュージシャンや活動家が、インタビューを受けて当時のことを話す目の輝きに、そうした「誰もやらなかったことを自分たちはやったんだ」という自信と、誇りと、若者の熱を感じました。

 

 「分断」を「連帯」で応えた“ロック・アゲインスト・レイシズム”とパンフレットの見出しにあります。「表現こそが政治運動だった」とも。特に「暴言」や「脅し」「暴力」に対し、音楽の連帯という形で対抗したところに、変革をめざす新しさ、希望、「文化」の役割を感じます。

 このドキュメンタリー映画の監督のルビカ・シャーもこう言っています。

 「日々、世界で自分たちの居る場所を理解しようとする人々がいます。それはわたしが描きたいテーマです。今日の政治の大半は1970年代後半の政治を反映しています。本作は若者文化が世界を変えた感動的な物語なのです。」

 市民の、特にに若者が作り上げた変革の運動、運動が作り上げていく過程とその内部の若者たちの逡巡を追ったドキュメンタリー映画はいくつかあります。

 2014年の香港の雨傘運動を描いた『乱世備忘〜僕らの雨傘運動』、2015年の安保法制の時のSEALDsを追った『わたしの自由について 〜SEALDs2015〜』……。この『白い暴動』も「私たちは」「今これから」どうしていくかを考えようとする作者の強い意志があり、共通するものがあります。政治はどんどん変わっていっても、見るものに「自分たちも何とかしよう」という気持にさせる作品は、古くならないし、きっと役に立つ映画です。

 

【スタッフ】

監督:ルビカ・シャー

製作:エド・ギブス

製作総指揮:ポール・アシュトン

脚本:エド・ギブス ルビカ・シャー

撮影:ルビカ・シャー

編集:ルビカ・シャー

音楽:アイスリング・ブラウワー

字幕監修:ピーター・バラカン 

 

【出演者】

レッド・ソーンダズ

ロジャー・ハドル

ケイト・ウィットマン

デニス・ボーベル

ポーリーン・ブラック

ミカエル・ライリー

トム・ヒードン

ザ・クラッシュ、

エルビス・コステロ、

スティール・パルス

 

2019年制作/84分/イギリス映画 原題「White Riot」

配給:ツイン

 

オフィシャルサイト

予告編