2023.09.18 書籍・文献紹介

『憲法の動態的探求 -「規範」の実証』

水島朝穂著



 国民の生活・権利についても政治についても、それはいろいろな形で、憲法の規定と関わることになります。ただ、その「現実」は憲法の「規範」に基づくものになっている場合とそうでない場合があります。そして、これらに関わる社会状況や国民の意識は日々変化しています。本書は、様々な問題に関わる憲法の「規範」と「現実」との相克と緊張を動態的に探求しています。そこには今年古希を迎えた水島教授がこの約30年間に書かれたものの中から、“憲法問題の「いま」”を考える上で参考になる論文が収録されています。

 水島教授は常に憲法を動態的に探究してきた研究者だと言えましょう。26年にわたって自身のホームページで毎週発信し続けてきている「直言」は、憲法学の学術的な視点から、時の重要問題をめぐるリアルな動きとその分析を読者に提供するものとなっています。本書に収められた諸論文も、様々な問題に関わる事実を、必要に応じて自ら現地で、あるいは当事者を取材しながら、また原典となる資料などから、そのポイントを抽出・提示しつつ、それを憲法の規定とその趣旨に照らして検証するものとなっています。検証に際しては関連する学説の紹介・分析もなされ、また必要に応じて諸問題に対するドイツの対応と比較しながら日本における問題点と課題を炙り出しています。

 本書には、水島教授が特に専門としてきた9条、平和主義の問題は当然として、憲法の重要な諸規定にかかわる論文がほぼ網羅的に収められています。大著ではありますが、論文集であり、それぞれが諸問題を端的に解明・問題提起するもので、読者の学び・思索に供するものとなっています。

 第Ⅰ部は、日本国憲法の「憲法的平和主義」の内容・意義、「軍事的合理性」論の問題点について掘り下げる論文等です。自衛隊の組織・装備・運用思想を検証しながら日本の「防衛」政策の変容についての論文は、自衛隊をめぐる問題を追い続けている水島教授ならではの実証的なものとなっています。また、9条に基づく平和保障構想を模索する論文も収められています。

   第Ⅱ部は、岸田政権の「敵基地攻撃能力」論の分析・批判、自衛隊海外出動の問題点、集団的自衛権の危うさなど日本の安全保障の問題と課題をその深層から解き明かし、また東日本大震災の際の統治の経過を検証しながら緊急事態・災害救助のあり方などを提唱しています。さらに、ウクライナ問題の展望や戦前の防空法制からその今日的教訓も問題提起しています。

   第Ⅲ部は、憲法「改正」への動きや「改正」論を検証する諸論文です。読売新聞の「改憲試案」や安倍元首相の「9条加憲」論などを厳しく分析しつつ、憲法改正の「三つの作法」を提唱し、その必要性を説きます。ここでは9条改憲の動きに、安易にその土俵に乗ってしまうことにも強く注意を促しています。

   第Ⅳ部は、統治をめぐる諸問題についての諸論文です。安倍政権の「非立憲主義」的政治・行政、その後の政権のコロナ対応をめぐる問題が厳しく検証され、首相・内閣のあり方について提言しています。「憲法の番人」=最高裁をめぐる問題も鋭く分析しています。司法制度改革についての検討時の講演録はいまなお有益なものです。治安に関わっても特定秘密保護法の問題など諸問題も考察されています。

   第Ⅴ部には、憲法と憲法学の見地から戦後の日本の教育の検証する論文、憲法研究者の研究・教育の自由に対する政府の「統制」を告発する論文が収められています。そこには研究者としての矜持を見て取れます。(H.O)

 

<書籍情報>

著者は水島朝穂・早大法学学術院教授(法学館憲法研究所の客員研究員も務められている)。

9月、日本評論社から刊行。定価は税込 7,920円(本体価格 7,200円)。

 

 


【最近刊行された憲法関連書籍】

 

『憲法 第八版』芦部信喜 著・高橋和之補訂

9月、岩波書店から刊行。定価は3,740円。

 

【最近公表された憲法関連文献】

 

飯島滋明「憲法改正にむけた政治の動きと私たちの課題」進歩と改革9月号

安宅敬祐「『財政上の地方自治』の保障規定(24)九条以外の憲法改正の視点」自治研究9月号

山村恒年「憲法七三条一号の内閣の執政の規範論(6)内閣・大統領の『執政』をどのように誠実に執行させられるのか」自治研究9月号

津田惠子「学校図書館雑記 : 図書館九条の会」みんなの図書館9月号

石川裕一郎「『権利と義務は表裏一体』?  -国民の『義務』と日本国憲法」民医連医療10月号

 

◆法学セミナー10月号所収論文等

片桐直人「将来にわたる環境保全を目的とする職業制約と損失補償[判例解説編] -遊佐町水循環条例事件(最判2022〔令4〕・1・25判例自治485号49頁)」

櫻井智章「地方議会と憲法学」

石塚壮太郎「『いのちのとりで裁判』大阪高裁判決[大阪高判令和5・4・14 LEX/DB:25572834]」