2021.06.14 オピニオン

「国境なき記者団」ランキングで先進国中最下位 日本ジャーナリズムの「病理」とは

奥村信幸さん(武蔵大学教授)



 毎年春に「国境なき記者団(RSF: Reporters without Borders)」が「世界報道の自由度ランキング」(Press Freedom Index)を発表する。2021年版では、日本は前年よりランクを1つ下げて180カ国中67位だった。RSFは報道の自由を監視し、ジャーナリストを支援するフランス発祥の国際NGOの老舗で、2002年からこのような順位を出している。多少ジャーナリズムに詳しい人なら、日本は他の先進国に比べて評価が非常に低いこと、その原因が「記者クラブ制度」などにあることなども知っているはずだ。しかし、毎年のように「先進国として恥ずかしい」とか、「脱記者クラブ」などのフレーズが繰り返されるだけで、議論が深まらないまま約20年が過ぎてしまった…。

 

「67位」は意外と合理的

 2021年版でもG7の中で他の6カ国に大きく水を空けられている。ドイツ13位、カナダ14位、イギリス33位、フランス34位、イタリア41位、トランプ政権で評判を落としたアメリカでも44位だ。アジアで比較しても、韓国42位、台湾43位とは大差がついている。民主主義的な情報の流通が妨害されている国を見てみると、香港は80位、ミャンマーは140位、中国は177位、北朝鮮は最下位から2番目の179位となっている。日本の67位周辺には、65位ブータン、66位コートジボワール、68位モンゴルなどが並ぶ。と、授業で学生に話すと、けっこうショックを受ける。

 

 日本に関して「記者クラブの弊害を過大評価しすぎ」などの批判もあるが、RSFのランキング算出の手順は約20年の間に少なくとも5回の改善が行われ、かなり精緻になったと言われている。世界で20の言語、約150人と言われるジャーナリストに対し7つのカテゴリー((1)社会の多元性、(2)メディアの独立、(3)編集に忖度や自主規制がないか、(4)ニュースや情報産業を守る法制度、(5)ニュース生産過程の透明性、(6)ニュースや情報流通の社会的なインフラ、(7)メディアに対する弾圧や暴力の有無)、87問のアンケートを実施、カテゴリーごとに加算する割合を調節して、0から100でポイント化している。数が少ない方が順位が高い。1位のノルウェーは6.72ポイント、67位の日本は28.88、177位の中国は78.72だ。

 

 RSFが重視するのは、ジャーナリストへの物理的な弾圧とともに、構造的に自由が制限されている仕組みの存在だ。(7)のカテゴリーを含んだ数値と、含まない数値を別々に計算し、合算してポイントを出している。そうすると、記者クラブのような、一見安定して見えても、特定のメディアだけが特権的な取材アクセスを持っている日本も、報道の自由がけっこう阻害されているとみなされる。

 

第二次安倍政権後に悪化した評価

 日本の順位は、もう少し上の方にあった(2005年37位、2006年51位、2007年37位、2008年29位)。2009年に民主党政権が誕生し、「記者会見のオープン化」が進み、2011年には11位まで上昇した。2012年には東日本大震災に伴う福島第一原発事故に関して、政府や東京電力の消極的な情報公開が問題視され、22位に落ちる。2013年以降を見てみると、53位(2013年)⇒59位(2014年)⇒61位(2015年)と急落、2016年と2017年には過去最低の72位まで大幅に下がったままになってしまっている。

 

 2021年版では、日本について「報道の自由や多様性を尊重すると言いながら」、記者クラブがフリーランスや外国人記者を排除し続ける一方、ソーシャルメディアで、福島第一原発に関する情報や沖縄の基地問題に関して政府の方針に批判的なジャーナリストに対する攻撃は激しく、また、特定秘密保護法に定められた機密の報道に関する見直しの議論を政府が拒否していることが指摘されている。

 

「劣化」した会見、もの言わぬメディア

 2013年以降、さまざまな場面で健全な報道が後退していると思われる現象が数多く見られる。首相会見も同様だ。まず、首相が「冒頭発言」と称して、30分を超える一方的なスピーチをするようになった。中味も、成果の自己賞賛と決意しか語られない。政治家が支持者向けに行う「国政報告会」のようだ。

 

 その影響で質問時間が削られる。首相が30分話して質疑の時間はたった15分程度だ。それも冒頭になされる「幹事社質問」という総花的な問答に大半が費やされてしまうのが慣例化していた。また、内閣記者会で質問する記者の相当数が事前に質問項目を官邸側に渡しているという驚くべき慣例も明らかになった。安倍首相以前には露骨に行われてこなかった。ランダムに問われる記者会見の質問なのに、「首相がメモばかり読んでいる」と問題になったのは、このことが原因だ。事前に質問を渡せば、巧妙な言い逃れを考える時間を与えるということを、「ジャーナリスト」たちが理解できていないとすれば、絶望的な事態だ。

 

 記者会見とはそもそも、首相が誇る成果に「反証」を突きつけたり、決意ではなく、どう実現するのかという「方策」を聞き出すための場だ。しかし、内閣記者会が会見の方式を改善せよと、抗議や働きかけを行った形跡は、少なくとも筆者の管見では確認出来ない。

 

 2020年5月、新型コロナウィルスによる緊急事態宣言について説明する記者会見で、フリーランスの江川紹子記者が質問打ち切りに抗議し、「まだ質問があります」と食い下がる音声が中継で流れ、世論の批判が高まったため、質問時間は少し延びた。しかし、菅首相の会見も「次の予定がありますので」と打ち切られる。記者の質問に充分に答えようとするのなら、なぜ「次の予定」を1時間後などに入れておくのか。

 

温存される非合理的な制度

 その江川氏らの会見参加資格の問題も改善されていない。民主党から自民党に政権が代わって以降、会見の参加資格を持つフリーランスの数はひとりも増えていないはずだ。また、彼らには毎回抽選があり、1回出席すると次回は抽選資格を失う。会見中、彼らが質問に指名されるのも、わずか1人か2人だ。

 

 さらに問題視されているのが、不十分な回答をしたと思われる際に再質問すること、いわゆる「さら問い」を禁じる「慣例」だ。しかし、首相会見では、メモに頼り、自分の言葉で答えず、「木で鼻をくくる」というレベル以前の、ちぐはぐな問答が目に余る。米ホワイトハウスでこのようなやりとりがなされれば、即座に「Come on!」とか「Do your job!」(仕事をしろ!)などのヤジが飛んだり、記者が会見の意義について直球の質問を繰り出し、稚拙な回答をすれば、そのこと自体が記事になるだろう。

 

 筆者は2011年の11位は、いささか過大評価だったと思っている。現象として記者会見の参加者は大幅に増えたものの、排他的な記者クラブの「うま味」は「会見へのアクセス」ではないからだ。「懇談」と呼ばれるオフレコのやりとりや、「レク」と呼ばれる政策に関連する省庁などが記者に基本的な知識を伝授する非公式な勉強会など、非公式なインプットの機会がサービスされていることこそが「特権」なのである。

 

 記者クラブでは、隠れた特権を享受できる機会を失わないように行動することが最重要となってしまう。会見のルールを公平にしてジャーナリズムを守れと主張し、会見の場で首相を追い詰め、「覚えめでたく」なくなることは社内での評価にも直結する。根本的な問題に手が付けられないまま、主要メディアの記者は1〜2年で大半が異動してしまい、問題は再生産されていく。

 

 このような組織はいったん解体し、ジャーナリストが自らの着眼点や取材戦略で勝負できる環境を回復するしか、合理的な解決策はないように思える。しかし、日本新聞協会の記者クラブに関する見解では、記者クラブ制度は温存し、「開かれた組織」にすれば充分と言っている。残念ながら今のところ、状況は変わりようがない…。

 

 来年のRSFレポートに、「日本の首相は、質問したことに論理的に答えず、大手メディアはそれに抗議しようともしない」と書かれないことを祈るばかりである。


◆奥村信幸(おくむら のぶゆき)さんのプロフィール

1987年ICU(国際基督教大学)卒、1989年上智大学大学院修了(国際関係論)。

テレビ朝日で16年勤務し、政治記者や「ニュースステーション」ディレクターなどを務めた。

2005年より立命館大学産業社会学部准教授、2012年より教授。2014年より現職。

日本民間放送連盟客員研究員、FIJ(ファクトチェック・イニシアチブ)理事なども務める。

2002〜03年、米フルブライト奨学金ジャーナリストプログラムで、ワシントンDCのジョンズ・ホプキンス大学国際関係高等大学院客員研究員、2008年にワシントンDCのジョージワシントン大学客員研究員、2018〜19年フルブライト奨学金研究員プログラムでジョージワシントン大学客員研究員を務める。

専門はジャーナリズム、デジタル・ストーリーテリングなど。

ヤフーニュース個人ページ「奥村信幸のジャーナリズム的思考〜ニュースが信頼されるために」を開設。
ジャーナリズムに関する翻訳書として『インテリジェンス・ジャーナリズム』(ミネルヴァ書房、2015年)。

大学のゼミではビデオジャーナリズムを実践、学生のニュースクリップを「ニュースの卵」 に発表している。