2025.05.12 書籍・文献紹介

『パラレル ―憲法から離れる安保政策』

半田滋 



 パラレルという語は平行とか並行、並列ということを意味します。本書で著者の防衛ジャーナリスト・半田滋さんは、平和主義の憲法とアメリカの軍事戦略にもとづく世界がかけ離れてしまっている状況をパラレルとし、その打開の方向性を模索しています。

 2008年、イラク空輸訴訟で名古屋高裁は、自衛隊の活動を憲法違反と断じ、平和的生存権を具体的権利だと認める判決を出しました。自衛隊の存在を違憲とする判決は長沼ナイキ訴訟で出されました(1973年)が、自衛隊の活動を違憲としたのはこれが最初であり、最後です。本書はその後の日本の安全保障政策を検証します。

 この自衛隊のイラク派遣を実行した小泉政権の後に政権を担うことになった安倍政権は憲法改正を試みるも断念し、憲法解釈の変更を行い、海外における武力行使を容認する閣議決定を実施(2014年)し、翌年それは安保法制として制定されました。それは日本の平和と安全に重要な変更を与え、国際社会の平和と安全を脅かす事態においては自衛隊が他国の行動を後方支援できるとし、さらに他国を守るための集団的自衛権も解禁するもので、イラク空輸訴訟判決が示した「米軍の武力行使と一体化する活動は憲法違反」を覆したのでした。

 その後岸田政権はこの安倍政権の路線をふまえ、それまでの専守防衛の考え方を見直し、「敵基地攻撃能力の保有」を閣議決定する(2023年)とともに、巨額の防衛費を積み上げ、米国製兵器の契約を急速に増やすことになりました。さらに日米首脳会談で「指揮統制の連携強化」を打ち出し、自衛隊を事実上米軍の指揮統制の下に置くことにしたのでした。そしていま、「台湾有事」が煽られ、日本の戦時体制が築かれつつあるのです。

 半田氏はこうした安倍政権の安全保障政策をこんにちの石破政権も引き継いでいることにも警鐘を鳴らしています。

 本書で半田氏は、イラク空輸訴訟で名古屋高裁判決に関わったキーパーソンである川口創弁護士、柳澤協二氏、判決を出した青山邦夫裁判長のこんにちの情勢への受け止めも明らかにしています。川口弁護士は、日本人は戦争の被害者であると同時に加害者でもあるという立場で平和憲法の実現を求めていくべきと述べ、自衛隊のイラク派遣に直接関わった柳澤さんはその点についての反省も表明しながら、いま「戦争はやっちゃいけない」ということを強く主張しています。青山裁判長も安保法制は違憲だと述べ、現在は弁護士として安保訴訟違憲訴訟に関与しています。(H.O)

 

<書籍情報>

 著者は防衛ジャーナリスト・半田滋さん。4月、地平社から刊行。定価は1,800円(税別)。

 

 

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