『ヤクザと憲法 -「暴排条例」は何を守るのか』
東海テレビ取材班編
いまヤクザという用語は暴力団に置き換わってきていますが、東海テレビはこの作品についてはあえてヤクザという用語を用いています。ヤクザは、市民に害を与える反社会的な集団だとされる暴力団とはいささか異なる、という認識からのようです。
ところで、ヤクザと憲法と聞くと、反社会的集団の者たちに憲法上の人権をそのまま認めるのはいかがなものか、という感覚になりがちです。もちろんその者たちが罪を犯せば刑罰が課せられるべきです。しかし、やはりヤクザも人間である以上、その最低限の人権は認められるべきでしょう。さて、果たして実際はどうなのでしょうか。
本書はそれを、「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」、いわゆる“暴対法”の制定(1992年施行)と、2004年から全国の地方自治体で制定・施行されてきた暴力団排除条例をめぐる実際の状況などから検証しています。この“暴対法”と関連条例は、暴力団を社会から排除する目的から、企業に対して取引先との契約に際して暴力団と関係がないことの確認を求めるものとなっています。これにより、いま指定暴力団の組員は実質的に銀行口座を開設できず、宅配便やホテル、レンタカーの利用、公共住宅への入居もできなくなっています。親がヤクザという理由でその子どもが差別されることもあります。本書刊行後のいまも、たとえば次のような状況があります。
「暴力団幹部『ETCパソカ使わせないのは違法』 高速6社と国を提訴」(2023年5月18日付け朝日新聞)
「『口座開設拒否は差別』 離脱5年以上の元組員、銀行を提訴」(2023年6月5日付け毎日新聞)
はて、暴力団関係者へのこれらの対応はやむを得ないことなのでしょうか。憲法に謳われた「法の下の平等」(14条)などに反しないのでしょうか。
この映画と本書は、ヤクザの存在を擁護するものではない、という立場を明確にしながら、ヤクザたちの生の姿を明らかにしようと、その組織とその構成員たちのリアルな日常に入り込んでいます。その映像と記録はあまり見ることのないもので、私たちに「ヤクザも人間」ということを強く認識させます。また、ヤクザの多くが貧困や親の愛情の欠如、差別の中で、何かに帰属したいということから組織に加わってきた、ということもわかります。私たちはこうした現実も知った上で、ヤクザたちの人権についても考えるべきではないか、ということなのでしょう。
本書には、反社会的で恐ろしい、と思われる組織の取材・撮影に当たる、取材者としての逡巡・苦労などのエピソードも多く紹介されており、それがまたヤクザたちのリアルな姿を炙り出すものとなっています。映画の制作・公開に際しての警察当局の動きや取材者たちのそれへの対応なども紹介されています。そこでは報道の自由に関わる取材者たちの矜持も見てとれます。
社会の“多数派”に属さない人たちであっても、その最低限の人権を保障する。これは憲法の考え方の根幹の一つと言えるでしょう。本書はあらためてその意味を考えさせてくれます。(H.O)
<書籍情報>
編者は東海テレビ取材班。2016年、岩波書店から刊行。定価は1,980円。
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6月、日本評論社から刊行。定価は税込 5,500円(本体価格 5,000円)。
『内心の自由 -アメリカの二元的保護枠組みの考察と分析から』森口千弘著
6月、日本評論社から刊行。定価は税込 7,150円(本体価格 6,500円)。
6月、せせらぎ社から刊行。定価は3,000円(本体2,727円+税)。
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◆憲法運動7月号所収論文等
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