2023.07.10 書籍・文献紹介

『ヤクザと憲法 -「暴排条例」は何を守るのか』

東海テレビ取材班編



 本書は東海テレビが2015年に放映した番組、それを編集して制作・公開し、4万人の大ヒットとなった映画「ヤクザと憲法」の制作過程とヤクザをめぐる憲法問題が綴られた書です。

 いまヤクザという用語は暴力団に置き換わってきていますが、東海テレビはこの作品についてはあえてヤクザという用語を用いています。ヤクザは、市民に害を与える反社会的な集団だとされる暴力団とはいささか異なる、という認識からのようです。

 ところで、ヤクザと憲法と聞くと、反社会的集団の者たちに憲法上の人権をそのまま認めるのはいかがなものか、という感覚になりがちです。もちろんその者たちが罪を犯せば刑罰が課せられるべきです。しかし、やはりヤクザも人間である以上、その最低限の人権は認められるべきでしょう。さて、果たして実際はどうなのでしょうか。

 本書はそれを、「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」、いわゆる“暴対法”の制定(1992年施行)と、2004年から全国の地方自治体で制定・施行されてきた暴力団排除条例をめぐる実際の状況などから検証しています。この“暴対法”と関連条例は、暴力団を社会から排除する目的から、企業に対して取引先との契約に際して暴力団と関係がないことの確認を求めるものとなっています。これにより、いま指定暴力団の組員は実質的に銀行口座を開設できず、宅配便やホテル、レンタカーの利用、公共住宅への入居もできなくなっています。親がヤクザという理由でその子どもが差別されることもあります。本書刊行後のいまも、たとえば次のような状況があります。

        「暴力団幹部『ETCパソカ使わせないのは違法』 高速6社と国を提訴」(2023年5月18日付け朝日新聞)

        「『口座開設拒否は差別』 離脱5年以上の元組員、銀行を提訴」(2023年6月5日付け毎日新聞)

    はて、暴力団関係者へのこれらの対応はやむを得ないことなのでしょうか。憲法に謳われた「法の下の平等」(14条)などに反しないのでしょうか。

 この映画と本書は、ヤクザの存在を擁護するものではない、という立場を明確にしながら、ヤクザたちの生の姿を明らかにしようと、その組織とその構成員たちのリアルな日常に入り込んでいます。その映像と記録はあまり見ることのないもので、私たちに「ヤクザも人間」ということを強く認識させます。また、ヤクザの多くが貧困や親の愛情の欠如、差別の中で、何かに帰属したいということから組織に加わってきた、ということもわかります。私たちはこうした現実も知った上で、ヤクザたちの人権についても考えるべきではないか、ということなのでしょう。

 本書には、反社会的で恐ろしい、と思われる組織の取材・撮影に当たる、取材者としての逡巡・苦労などのエピソードも多く紹介されており、それがまたヤクザたちのリアルな姿を炙り出すものとなっています。映画の制作・公開に際しての警察当局の動きや取材者たちのそれへの対応なども紹介されています。そこでは報道の自由に関わる取材者たちの矜持も見てとれます。

 社会の“多数派”に属さない人たちであっても、その最低限の人権を保障する。これは憲法の考え方の根幹の一つと言えるでしょう。本書はあらためてその意味を考えさせてくれます。(H.O)

 

<書籍情報>

編者は東海テレビ取材班。2016年、岩波書店から刊行。定価は1,980円。

 

 


【最近刊行された憲法関連書籍】 

 

『統治機構論の基層』赤坂幸一著

6月、日本評論社から刊行。定価は税込 5,500円(本体価格 5,000円)。

『内心の自由 -アメリカの二元的保護枠組みの考察と分析から』森口千弘著

6月、日本評論社から刊行。定価は税込 7,150円(本体価格 6,500円)。

『憲法どおりの日本をつくる  憲法堂々』長坂伝八著

6月、せせらぎ社から刊行。定価は3,000円(本体2,727円+税)。

 

【最近公表された憲法関連文献】

 

飯島滋明「『歴史的転換点だからこそ改憲に挑戦』との主張をする岸田首相」法と民主主義7月号

米倉洋子「ウクライナと敵基地攻撃と憲法9条と」 法と民主主義7月号

石川健治「古典古代から20世紀までの西洋政治思想史を描き切った野心的な試み(『憲法からよむ政治思想史』)」書斎の窓7月号

塩田潮「『お試し改憲』の有力候補は緊急事態条項新設 -焦点は議員任期の特例延長、基本的人権の保障との両立」ニューリーダー7月号

岩崎眞美子「憲法14条、24条にどこがどう違反しているのか -それぞれの論理」週刊金曜日7月7日号

石川健治「始源について」世界8月号

長谷部恭男「それでも安保法制は違憲である」世界8月号

宍戸常寿「【インタビュー】ジャニーズ事務所問題とマスメディアの責務」ニューメディア8月号

永山茂樹「敵地攻撃と九条平和主義 -第211回国会審議からみる大軍拡と憲法破壊」前衛8月号

島田和久「自衛隊の憲法明記は国家防衛の決意だ」正論8月号

兼原信克「私たちの手で九条二項の削除を」正論8月号

三浦小太郎「信教の自由を脅かす旧統一教会への対応」正論8月号

八木秀次「同性婚を政権防衛の手段にすべからず」正論8月号

北村滋「安倍総理の遺志 岸田総理に託された『北方領土』と『憲法改正』」月刊WiLL8月号

 

◆憲法運動7月号所収論文等

小林武「憲法の拘束力は健在 -権力が壊憲法市尽くしてもなお明文改憲に固執する理由」

小森田秋夫「つまづいた日本学術会議法改正強行の試み -いま問われるべきことは何か?」

山口真美「安保3文書の危険性と国民・地方自治への影響」