『歴史の逆流 時代の分水嶺を読み解く』長谷部恭男・杉田敦・加藤陽子<著>
H.O
対談は、この期間に特に問題となった、新型コロナ対策、東京オリンピック開催問題、日本学術会議会員任命拒否問題、安倍元首相国葬実施など経緯などから、この期の3人の首相の政治について「説明しない政治」「議論なき政治」という評価をしています。政策についてその理由を説明して国民の納得を得る、のではなく、黙らせる、という手法だったと批判します。たとえばコロナ対応について長谷部教授は、感染防止のための飲食店への協力要請などもお願いベースであって、エビデンスに基づいて必要な法律を制定し、政府として必要な命令を出すことをしないと述べ、そこには政府としてきちんと責任をとろうとしない姿勢があると指摘しています。
話はそのような政治になっている要因として選挙制度の問題に進んでいきます。小選挙区比例代表並立制の導入はその狙い通りにいかず、無党派層が拡大し、政権交代は「風」次第となってしまっていると分析しています。長谷部教授は国民の政治リテラシーの向上に期待しつつ、当面の選挙制度改革案なども提起しています。
次にロシアのウクライナ侵攻の問題へと話が進みます。ここで長谷部教授は、戦争を仕掛ける国の攻撃目標は相手国の憲法原理だということを解き明かし、そのことを踏まえた上で、戦争を止めさせる展望を探る重要性を説きます。自由や民主主義の視点で、ロシアの強権的な政治体制への批判が国内外で広がることがカギだと語っているように思われます。
ロシアのウクライナ侵攻後、日本政府は日本も抑止力を高める必要があるとして、敵基地攻撃能力の保有を検討・具体化し始めています。この点に関わって、長谷部教授は2014年に安倍政権が集団的自衛権行使に道を開いてしまって以降、日本の武力行使の限界についての論理的な議論ができなくなってしまっている問題点を指摘しています。日本の安全保障環境が危機だというなら、攻撃されたら大変なことになる原発の問題の検討が先だとも述べています。
日本をまっとうな民主国家にするための様々な課題も語られています。たとえば長谷部教授は放送行政を第三者委員会方式の独立規制委員会を新たに設け、放送行政もそこに担わせるべき、との提案をしています。
対談は、旧統一教会と政治との関係への国民の批判が広がっている状況をとらえ、いま日本社会の転換点になり得る時期となっている、ということで結ばれています。なお、旧統一教会が政治に深く食い込んできたことに関わって、長谷部教授は憲法学についての反省も語っています。それは、憲法は少数者の権利擁護のための裁判所の役割を重視してきたが、少数者だから守る、というだけでなく、非正規労働者やシングルマザーなどを例にあげながら、必ずしも少数者ではない者の問題にももっと目を向けるべきではないか、いうことです。
以上、憲法に関わる長谷部教授の特徴的なコメントを紹介しましたが、対談では杉田教授、加藤教授が政治学、歴史学の立場から多くの鋭いコメントを発しています。
<書籍情報>
著者は長谷部恭男氏(早稲田大学教授)・杉田敦氏(法政大学教授)・加藤陽子氏(東京大学教授)。2022年12月、朝日新聞出版から刊行。定価は935円(税込)。
【最近刊行された憲法関連書籍】
『日本国憲法 第4版 -プロセス的憲法観で日本国憲法を読み解く』 松井茂記著
2022年12月、有斐閣から刊行。定価は 5,720円(本体 5,200円)。
『人権研究1 表現の自由』高橋和之著
2022年12月、有斐閣から刊行。定価は7,040円(本体 6,400円)。
2022年12月、有斐閣から刊行。定価は5,280円(本体 4,800円)
『早稲田大学法学会百周年記念論文集 第一巻 公法・基礎法編』早稲田大学法学会 編
2022年12月、成文堂から刊行。定価は13,200円(本体12,000円)。
2023年1月、有信堂高文社から刊行。定価は本体5,400円+税。
【最近公表された憲法関連文献】
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笹沼弘志「生存権、呪縛からの解放~~生活扶助基準引下げによる生活保護費減額訴訟」賃金と社会保障12月下旬号
西山千絵「婚姻の自由の拡張か人的結合への自由か -婚姻を求める同性カップルをめぐる2つの地裁判決から考える」ジェンダー法研究第9号
官田光史「岩崎卯一の社会学的憲法論」關西大學文學論集 72(3)
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宍戸常寿「マスメディアの持続可能性を守る」デジタル時代の新聞の公共性を考える (『新聞研究』別冊)
君塚正臣「在外邦人最高裁裁判官国民審査訴訟最高裁判決 -私的傍論的補足見解」判例時報1月1日号
小林節「ウクライナ戦争とアメリカ独立戦争は似ている」月刊日本1月号
石川健治・大村敦志・小粥太郎「新・民法学を語る その1 -石川健治先生をお招きして(上)」書斎の窓1月号
木村草太「給食と教育 -食の自己決定権の視点」書斎の窓1月号
木村草太「秘密の差別の害悪」一冊の本1月号
蟻川恒正「「解釈変更」という擬態」世界2月号
阪田雅裕「憲法九条の死」世界2月号
百地章「自衛隊の憲法明記と領域警備規定創設を」正論2月号
田村秀男「平和憲法と財政法が戦後レジームの核心」正論2月号
◆法学館憲法研究所Law Journal第27号所収論文
伊藤真「戦争の惨禍を繰り返さないために -日本国憲法に基づく平和構築の可能性」
渋谷謙次郎「現代ロシア憲法体制の変容 -コロナ、ウクライナ戦争」
松井芳郎「ロシアのウクライナ侵略と国際社会の対応」
東澤靖「市民のための国際法の役割と課題 -ウクライナ紛争への視点」
水谷瑛嗣郎「デジタル社会における戦争と言論の自由」
愛敬浩二「ロシアによるウクライナ侵略と憲法9条」
駒村圭吾「立憲主義と9条改憲」
平祐介「映画『宮本から君へ』助成金不交付裁判・東京高裁判決の問題点と表現の自由の『将来』のための闘い」
◆法学教室1月号所収論文
成原慧「ツイッターという場の性質とツイート削除の判断基準(最高裁令和4年6月24日判決)」
柴田憲司「医薬品のネット販売規制と職業の自由(後)」
江原勝行「演習:憲法」
毛利透「日本国で日本国民と同性婚を行った外国人の在留資格(東京地判令和4・9・30)」
◆『早稲田大学法学会百周年記念論文集 第一巻 公法・基礎法編』所収論文
浦田賢治「憲法制定権力学説史」
水島朝穂「日本国憲法9条と『敵基地攻撃能力』 -憲法解釈論と立法事実論からの一考察」
中島徹「憲法上の権利と実定法上の制度」
長谷部恭男「イギリス国王の立法の裁可と同意」
愛敬浩二「現代イギリスにおける『人権法体制』批判の比較憲法的考察」
◆法と民主主義1月号所収論文
大久保史郎「司法と裁判運動の現在とこれから」
飯島滋明「国会議員の任期延長の改憲論、参議院の緊急集会について」
右崎正博「『マイナ保険証』強制の違憲性」
奥津年弘「生存権を侵害するインボイス制度は中止を」
伊須慎一郎「安保法制違憲国賠訴訟」