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浦部法穂の「憲法雑記帳」

 

第24回 放送法第4条


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2018年5月23日

 放送法第4条は、放送番組の編集にあたって放送事業者が遵守すべき事項として、以下の定めを置いている。
 「放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
 (1) 公安及び善良な風俗を害しないこと。
 (2) 政治的に公平であること。
 (3) 報道は事実をまげないですること。
 (4) 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。」

 この放送法4条の規定を、安倍首相は撤廃したい意向だというニュースが、一時、流れた。しかし、これには新聞・テレビ各社が(『読売』も含めて)一斉に反発し、自民党内や閣内でも慎重な意見があがったことで、いま現在は議論に上っていない。私は、安倍首相が「放送法4条撤廃」を考えているという報道に接したとき、一瞬わけがわからなかった。つい2年前(2016年2月)、当時の高市早苗総務大臣は、放送局が政治的公平性を欠く放送を繰り返したと判断した場合には放送法4条違反を理由に電波法にもとづき電波停止を命じることもありうると、国会の場で明言し、菅官房長官も安倍首相も、この答弁を「法律に基づいてあたりまえのことを言ったにすぎない」などとして擁護していた。この総務相答弁には「伏線」があり、衆議院選を直前に控えた2014年11月にTBSの「NEWS23」に生出演した安倍首相が、政権に批判的な街頭インタビューが多すぎる、とかみつき、自民党はテレビ局に選挙報道の公平中立・公正の確保を求める文書を送りつけた。さらに、2015年4月には、NHK「クローズアップ現代」でいわゆる「やらせ」があったとして総務相がNHKに対して厳重注意、そしてこの件と、同年3月末にテレビ朝日「報道ステーション」で、降板することとなったコメンテーターが「官邸からバッシングを受けた」旨の発言をした件で、自民党は、2件とも真実が曲げられて放送された疑いがある(つまり、放送法4条違反の疑いがある)として、NHKとテレビ朝日の幹部を呼び事情聴取した。

 こうしたなかでの上記総務大臣答弁であった。つまり、自民党・安倍政権は、放送局に対して圧力をかける道具として、放送法4条を利用してきたのである。「停波」まで口にして脅しをかけ、政権に批判的なテレビ報道を押さえ込む。放送法4条はそのための重要な「武器」だったのである。安倍首相は、その「武器」を手放そうという。いったいなぜ? 何をねらっているのか? 逆に、こうした権力的干渉の道具となりうる規定がなくなれば、時の権力が放送番組の内容に介入してくる口実が失われ、テレビ局の側は政権からの干渉を受けずにより自由な番組編集が可能になるはずなのに、なぜ彼らは一斉に「規制維持」を主張したのか? 私は、瞬間、この「矛盾」を奇異に感じざるをえなかった。

 しかし、3月終わりにアメリカで起きた「ある、とんでもない現象」が伝えられたことで、私のこの「奇異な感覚」はまさに「一点の曇りもなく」きれいに晴れた。それは、100を越える(ほぼ200近い)アメリカの地方テレビ局のニュース番組で、各局のニュースキャスターが一斉に、「CNNやNBCの言っていることは全部フェイクニュースだ」という趣旨のことを、一言一句違うことなく語った、という出来事であった。これらの地方放送局はすべて「シンクレア・ブロードキャストグループ」という巨大メディア企業の傘下にある放送局で、シンクレアはその傘下放送局に対し、上記のような趣旨の原稿をニュースキャスターに一言一句違わず読ませることを強制したのであった。そう、トランプ大統領の主張が「正しい」ということを、かくも多くの放送局がまったく同じ言葉で一斉に国民に向けて発信したのである。アメリカでは、日本の放送法4条に相当するいわゆる「公平原則(fairness doctrine)」は、すでに1987年に廃止されていた。

 安倍首相の狙いは、まさにこれであった。日本にも「シンクレア」を作りたかったのであろう。あるいは、「安倍さんじゃなきゃ、ダメだ」とかといって持ちあげてくれるAbema TVや、「沖縄の反基地運動に加わっているのは、お金で雇われた人たちだ」などの正真正銘のフェイクニュースを垂れ流して自分を援護してくれる「東京MX放送」のような放送局が欲しいのだ。そして、放送法4条の縛りをなくせば、NHKなんかでも、会長や経営委員が指示すれば現場がそれに歯向かう根拠はなくなるから、立派に「シンクレア」の役割を果たしてくれるだろうし、フジテレビや日本テレビなどは堂々と「安倍応援団」の立場をはっきりと鮮明に打ち出してくるだろう。そして、インターネットテレビなどの普及を促せば、Abema TVのように自分を賛美してくれるテレビ局は、インターネットの世界でもっともっとたくさん出てくるはずだ。そうなれば、TBSやテレビ朝日などは取るに足りない存在になり、たとえそれらが「反・安倍」路線を鮮明にして政権批判ばかり展開しても、影響力はほとんどもたなくなるから、相手にしないで放っておけばよい。だから、放送法4条のような規制は撤廃したほうがこっちには有利だ。と、こういう計算であろう。

 実際、すでにファシズム化しているこの日本社会では、トランプ政権のもとで急速にファシズム化したアメリカと同じように、上記のごとき安倍式計算は十分に現実的である。そもそも、放送法4条のような放送番組の内容にかかわる法規制は、憲法上の「表現の自由」や「知る権利」の原理原則論からいえば、放送番組への権力的介入・干渉を招きかねないものとして、警戒の対象とされてきたものである。しかし、いまは、この規定をなくすことが逆に、「表現の自由」や「知る権利」や、あるいは民主主義そのものを破壊することにつながりかねないという状況になっている。この国の政治と社会は、ここまで、憲法の予定する政治や社会と「乖離」してきてしまっているのである。



 

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