法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

Mail info@jicl.jp
 
今週の一言
憲法情報Now
 憲法をめぐる動向
 イベント情報
 憲法関連裁判情報
 シネマ・DE・憲法
 憲法関連書籍・論文
 ■今日は何の日?
憲法Voice
研究所・客員研究員紹介
中高生のための憲法教室

憲法文献データベース
日本国憲法全文
リンク集
 
事務局よりお知らせ
賛助会員案内
メールマガジン
ご意見フォーム
サイトマップ

浦部法穂の「憲法雑記帳」

 

第23回 「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。」


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2018年4月20日

 ◎和田正宗参議院議員(自民)「まさかと思いますが、太田理財局長は民主党政権時代の野田総理の秘書官も務めておりまして、増税派だから、アベノミクスを潰すために、安倍政権をおとしめるために、意図的に変な答弁をしているんじゃないですか?」
 ◎太田財務省理財局長「お答えを申し上げます。私は、公務員として、お仕えした方に一生懸命お仕えするのが仕事なんで、それをやられるとさすがに、いくら何でも、そんなつもりはまったくありません。それはいくら何でも、それはいくら何でもご容赦ください。」

 上記は、森友学園への国有地払い下げに関する財務省の決裁文書改ざん問題をめぐって先月行われた集中審議のなかでのやりとりである。新聞・テレビ等でも報じられ注目を集めた部分なので、覚えておられる方も多いであろう。しかし、このやりとりは、いまは「なかった」ことになっている。和田議員の上記質問には批判が続出し、自民党の側も不適切だと認めて、議事録から削除されたからである。議事録に載っていなければ、公式には、国会の場でそういうやりとりはなかった、ということになる。ヤジならばともかく、正式の質疑のなかでのやりとりである。そういう場で与党議員がこういうアホな発言をし、官僚がそれに色をなして反論した、という事実が、はたして「なかった」ことにされていいのだろうか。議事録から削除するというのが、不適切発言への対処方法として正しいやり方だとは、私には思えないのだが。都合の悪いことは記録から削除して「なかった」ことにするというのでは、財務省の文書改ざんと発想において同じようなものではないのか。もちろん、悪質さという点においては財務省の文書改ざんのほうが数段上であるし、最近では、文書が残っていても「ない」といってひた隠しにしたり、文書にきちんと書かれていることでさえ「そんな事実はない」と言い張ってほとぼりが冷めるのを待とうとしたり、誠実さのかけらもない政権運営が続いているから、それらと比べて、不適切発言と認めて議事録から削除するという行為がさほど問題視されなかったのも、無理からぬところがある。

 だが、私は、上記の和田議員と太田局長との間のやりとりのなかに、じつは重大な問題が隠されていると思うのである。この二人は、憲法15条2項「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」という規定を、はたして知っているのだろうか。知っていたならば、こんな質問もこんな答えもできなかったはずだと思うのだが。和田議員は太田局長が秘書官として野田前首相に「仕えて」いたことをあげつらって上記のようなアホ質問をしたのだが、これに対して太田局長は「公務員として」その時々「仕えた」人に「一生懸命お仕えするのが仕事」と心得てやってきた、と答えている。つまり、野田前首相の秘書官のときは野田氏に一生懸命仕えてきたが、いまは財務省の局長として麻生財務大臣に一生懸命お仕えしている、と言いたかったのだろうし、実際そうしているのだろう。しかし、公務員が本当に「仕える」べきは「国民全体」であって、特定の「お仕えした方」ではない。「お仕えした方に一生懸命お仕えする」のが公務員の仕事だというのは、はっきり言って心得違いである。冒頭のやりとりは、はからずも、政治家も官僚も同じ心得違いを犯していることを露呈したものだと言える。

 以上のように言うことは、言葉尻をとらえた言いがかりのように聞こえるかもしれない。言いがかりにすぎないといわれるなら、その批判は甘んじて受けよう。ただし、その特定の「お仕えした方」が本当に国民全体のことを思って公明正大な政治を行っているという「たてまえ」が生きているかぎりにおいて。いまのような政治の私物化が横行しているなかでは、私は、官僚にも政治家にも、憲法15条2項をもう一度きちんと頭にたたき込め、と言いたい。「私人」であるはずの総理夫人に国家公務員を「お付き」として仕えさせるような政権である。公務員は「総理の奉仕者」とでも考えているのだろう。だから、総理に迷惑が及ばないよう総理や総理夫人の名前が書かれてある文書を改ざんしたり、「総理のご意向」とか「首相案件」という記載のある文書の存在が明らかになってもなおその内容を懸命に否定したりと、公務員が「一生懸命お仕え」しているのである。そういうように、特定の権力者に奉仕している公務員、そして公務員にそうさせている政権に対し、国民はもっと怒るべきである。不正な政治に対する怒りを忘れた国民は、「歌を忘れたカナリア」のごとく「後ろの山」に棄てられ、しかし誰も「いえいえ、それはかわいそう」と言ってくれないだろう。

*童謡「かなりあ」(詩・西条八十)
《 歌を忘れたカナリアは後ろの山に棄てましょか
いえいえ それはかわいそう

歌を忘れたカナリアは背戸の小薮に埋けましょか
いえいえ それはなりませぬ

歌を忘れたカナリアは柳の鞭でぶちましょか
いえいえ それはかわいそう

歌を忘れたカナリアは象牙の舟に銀のかい
月夜の海に浮かべれば 忘れた歌を思い出す》



 

[今週の一言][憲法情報Now][中高生のための憲法教室][憲法文献データベース][事務局からのお知らせ]
[トップページ]