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浦部法穂の「憲法雑記帳」

 

第14回 「女性・女系天皇」


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2017年7月24日

  現行の「皇室典範」は、皇位継承の資格を「皇統に属する男系の男子」に限っており、「女性天皇」も「女系天皇」も認めていない。「女系天皇」というのは、たとえば皇太子の子の愛子さんが将来結婚して子を持ったとして、その子が天皇の地位に就く場合がこれにあたるが、現行「典範」はこのような場合を認めていないのである(その子が男子であるか女子であるかを問わない)。要するに、天皇の地位は、男のほうの「血統」で一本につながっていなければならない、というわけである。これが、旧憲法にいう「万世一系」の意味だとされ、現行「典範」はこの考え方を踏襲しているのである。

 この「女性・女系天皇」禁止が、女性差別として憲法14条(平等原則)に違反するのではないか、という議論があるが、私は、この議論はナンセンスだと思う。形式的な論理としては、「皇室典範」は通常の法律であって憲法の下位に位置するから、象徴天皇に関する憲法第1章の規定から女性・女系天皇を排除すべき合理的理由が導き出されないかぎり、皇位継承資格を「男系の男子」に限っている皇室典範の規定は憲法14条違反とすべきだ、という議論も成り立ちそうにみえる。しかし、もともと「世襲」の天皇という地位を認めていること自体が平等原則の重大な例外なのであり、そういう不平等な制度の中に平等原則をもち込んでみたところで、どんな意味があろうか。「女性・女系天皇を認めないのは女性差別であって違憲だ」という命題は、世襲の天皇制というものを前提にするかぎり、ふつうの女性にとっては何の意味ももたない。ただ「皇族」という生まれながらの特別な身分をもつ女性にとってのみ、意味をもつものであるに過ぎない。このような特別の身分をもつ者の間だけでの「平等」は、憲法14条が予定する「平等」とは無縁のものというべきである。

 というわけで、私は「女性・女系天皇禁止」の「違憲論」には与しない。しかし、違憲かどうかということと、それが制度としていいのかどうかということは、別問題である。憲法違反かどうかという議論とは別に、「女性・女系天皇禁止」が適切なのかそうでないのか、「女性・女系天皇」を認めるべきなのか認めるべきでないのか、という議論は、当然あり得るし、あってよい。そういう観点からいうと、私は、結論的には「女性・女系天皇」を認めるべきだと考える。それは、「女性・女系天皇」を認めるべきでないとする理由がないからである。

 「女性・女系天皇」を認めるべきでないとする議論のなかには、世襲の天皇制自体が、日本国憲法の最基底に置かれている個人の尊厳と平等という近代憲法原理に反するものである、ということから、いわば天皇制の「自然消滅」を望んで語られるものも、ないわけではない。「女性・女系天皇」を認めることは本来不合理な制度である天皇制の永続化につながる、というわけである。しかし、天皇制が不合理な制度であるというのは、そのとおりだが、それをなくすために「自然消滅」をねらって「女性・女系天皇」に反対するというのは、誠実な議論の仕方とはいえないであろう。

 ただし、このような議論は「女性・女系天皇」反対論の「主流」ではない。「主流」は、安倍首相も含む「日本会議」などの右翼の連中からの議論である。「女性・女系天皇」を否定し続けるなら天皇制が「自然消滅」に至る可能性は決して低くないのに、日本という国のアイデンティティとして天皇あるいは天皇制を最重要視しているはずの彼らが「女性・女系天皇」に猛反対しているというのは、実に奇妙なことであるが、その言い分は要するに、男のほうの「血統」で一本につながっているという意味での「万世一系」の伝統は絶対に崩してはならない、ということであるらしい。男の子だけでなく女の子であっても当然親の血は引いているわけだから、女の子を介しても「血統」はつながっているはずなのだが、なぜ「男系」でなければならないのか。「女系」による「血統」の継承はなぜ認められないのか。それは、「天皇家」の血筋を引かない「他家の男」の血が入った人間が天皇になったら、天皇の地位がその「他家」のものになってしまい「天皇家」のものではなくなってしまうから、なのだそうである。だから、彼らの反対の核心は「女系天皇」のほうにあるようなのだが、「女性天皇」(たとえば愛子さんが天皇に即位する場合)を認めれば、その「女性天皇」の子の皇位継承という話になっていく可能性があり、容易に「女系天皇」につながりかねないので「女性天皇」にも反対だ、ということらしい。

 天皇の地位に関しては、憲法が「世襲」としているので「血のつながり」が問題になるのは当然だとしても、それを「男」のほうの血筋だけで考える発想は、前近代的・封建的な男中心の「家制度」の発想そのものである。天皇というものがそういう発想のもとに存在しているのだとしたら、それは、「日本国」および「日本国民統合」の「象徴」としてまったくふさわしくない。逆に、そういう天皇を「象徴」として置いているのだとしたら、日本という国は依然として前近代的・封建的な国であり国民もそういう考え方のもとに統合されている、というように内外に発信しているのと同じである。日本国憲法下の象徴天皇のありようとして、それでいいはずがない。

 彼ら右翼の連中にとって、天皇制の安定的な永続は至上命題のはずである。それなのに、「女性・女系天皇」にあくまで反対を貫き通して、天皇制の安定的な永続が可能だと考えているのだろうか。「男系男子」を墨守すれば皇位継承資格者がいなくなるかもしれないことは、つい10年ほど前までは現実問題として意識されていたことなのに、それでも「女性・女系天皇」に反対し続けるというのは、彼らが、その言いぶりとは裏腹に、天皇や天皇制というものを軽んじていることの表れなのかもしれない。あるいは、いざとなれば「側室」をもうけ「世継ぎ」を生ませる、などということまで考えているのか? だとしたら、度し難い時代錯誤であり女性蔑視であり、そしてまた天皇という「人」に対する度し難い侮辱である。「伝統・伝統」と言うが、そもそも、彼らの信ずるところに従えば、天皇は「天照大神」の子孫ではなかったのか? そして、「天照大神」は「女神」とされる。とすれば、天皇はもともと「女系」だったのではないのか?



 

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