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浦部法穂の憲法時評

 

「日米同盟」と「慰安婦問題」


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2012年9月20日

 民主党の代表選と自民党の総裁選が始まった。民主党のほうは野田氏の再選濃厚ということで、メディアの関心は自民党総裁選のほうに傾いているようである。昨年、菅氏辞任をうけて野田氏が民主党代表に選ばれ首相になったときには、1年後の代表選までの「つなぎ」だろうと思っていたが、再選濃厚とは、民主党もよほど人材がいないということなのだろう。一方の自民党も、立候補した5人の顔ぶれを見てみると、やはり人材不足は否めない感じがする。

 それはともかく、2009年に政権の座についた民主党は、当初、「緊密で対等な日米関係」を掲げて「地位協定の改定」や「在日米軍基地のあり方の見直し」といったことにも言及し、最初の鳩山首相は「東アジア共同体」構想を語った。しかし、民主党にはそれを実際に行うだけの実行力はなく、結局そうした「アメリカ離れ」的政策や構想は、一歩も踏み出せないままにアメリカによって叩き潰され、野田内閣に至ってはこれまでの自民党政権以上の露骨な対米従属路線を突き進んでいる。こうして、「日米同盟こそが最重要」、「日米同盟にいささかのヒビを入れることも避けるべきだ」、というのは、いまでは民主党の根幹をなす発想になっているようにみえる。自民党は前から「日米同盟、日米同盟」と言ってきた党だから、もはや日本の政治は「日米同盟」一辺倒、「日米同盟」という「お題目」を唱えるしか能のない政治家ばかりになってしまった。「同盟」とはいうもののその実態は「従属」でしかないのだから、「日米同盟が最重要」と言うことは、「アメリカの言うことに逆らわないで従うことが最も重要」と言っているに等しいのだが…。

 「日米同盟」という言葉は、いまでこそ、政治家も、そしてマスコミも、何のためらいもなく使っているが、30年ほど前までは、実はおおっぴらに使える言葉ではなかった。1981年の鈴木善幸首相とレーガン大統領との日米共同宣言ではじめて日米「同盟」という言葉が使われたとされるが、その鈴木善幸首相は「同盟には軍事を含まない」と釈明し、これに異を唱えて「同盟という以上軍事を含むのは当然だ」と言った伊東正義外務大臣が結局辞任に追い込まれた、という騒動さえあった。「同盟」という言葉一つでここまでの騒ぎになったのは、憲法9条がまだ一定の「重し」になっていたからである。逆に言えば、いま「日米同盟」という言葉がこれだけあっけらかんと使われるということは、この30年の間に9条の「空洞化」がそこまで進んだということでもある。

 さて、こうして、いま、民主党代表選でも自民党総裁選でも、どの候補者も例外なく、「日米同盟が基軸」だの「日米同盟の強化」だのと言っている。それと同時に、日本の戦争責任を否定するかの発言が、またぞろあちこちから吹き出している。8月末に野田首相が「慰安婦問題」について「軍や官憲が強制連行したことを証明する資料はない」と発言、また、自民党総裁選に立候補した安倍晋三・元首相も、「証拠がないのに日本軍による慰安婦の強制連行を認めた『河野談話』は見直すべきだ」という趣旨の主張をしている(なお、橋下徹大阪市長も8月下旬に同じようなことを言ったと報じられているが、大阪市長はこの問題について口を挟む立場にはないはずで、記者に聞かれてへらへら喋るほうもどうかしているが、こんなことを大阪市長にわざわざ喋らせる記者はバカとしか言いようがない)。これも、「日米同盟」という言葉と同じく、9条「空洞化」の進行を示す一つの現象であるが、こういう発言と「日米同盟が基軸」だの「日米同盟強化」だのという言葉が、実は抵触する可能性がある、ということに、彼らはまったく気づいていない。

 2007年に、アメリカ下院で、慰安婦問題に関する日本政府の公式謝罪を求める決議案が採択された。この決議案が提出されたとき、日本の政治家・学者・ジャーナリストなど44人が『ワシントン・ポスト』紙に慰安婦問題に関する意見広告を出した。それは、「日本軍によって強制されたことを示す歴史的な文書は歴史家あるいは研究機関によって発見されていない」、「慰安婦は、当時世界で一般的であった公娼制度のもとで働いていた」、「多くの慰安婦は将校よりも高い所得を得ていた」などという「事実」をあげ、「日本軍が若い女性に性的奴隷になるよう強制する罪を犯したと主張するのは、事実を大きく、しかも意図的に歪曲したものであると指摘せざるをえない」として、下院決議案の不当性を訴える内容のものであった。しかし、これがむしろ「逆効果」となって、決議案に賛成する議員が増え、7月30日、下院本会議でこの決議案は採択されるに至った。アメリカ的感覚では、慰安婦問題は「女性の尊厳と人権」に関わる問題であり、強制性の有無などは重要ではなく、まして「当時としては一般的なことだった」などとして正当化するような言いぐさは、破廉恥きわまりないと受け止められたからであろう。

 アメリカにおいて、人権と民主主義は、一つの「国民統合のシンボル」である。実際のアメリカがそんな立派なことを言える国・社会なのかは別にして、「普遍的価値としての人権・民主主義」という感覚は、いわばDNAのようなものとしてアメリカ社会に根づいている。だから、女性を兵士の性欲処理の道具として扱う、それ自体「人間の尊厳」を損なう行為を、どんな理由であれ正当化するような言動には、いわば本能的な嫌悪感を示すわけである。日本は「慰安婦問題」について民主主義国家が共有すべき「人権」問題として取り組むべきだ、という意見は、「知日派」とされるアーミテージ元国務副長官などからも聞こえてくる。

 2006年のブッシュ・小泉首脳会談で出された「21世紀の新しい日米同盟」と題する共同文書は、「普遍的価値観と共通の利益に基づく日米同盟」ということを掲げた。そういう「日米同盟」の位置づけのもとに、日本はブッシュ政権の「対テロ戦争」に積極的に協力してきた。まさしく、「テロとの戦いにおける勝利」という「共通の利益」に基づく日米同盟、である。しかし、上記共同文書には、「共通の利益」だけでなく、もう一つ「普遍的価値観」に基づく日米同盟ということも掲げられていた。そこでいう「普遍的価値観」としては、「自由、人間の尊厳及び人権、民主主義、市場経済、法の支配」といったことがあげられている。だから、日本が「慰安婦問題」についてあれこれ責任回避のようなことを言うのは、「普遍的価値観」を否定するものとして、「日米同盟」の「核」の一つを否定するのと同じことになるわけである。

 いままた日本では、領土問題も絡んで、「慰安婦問題」についての日本の責任を否定するような言説が勢いを吹き返そうとしている。そういう日本の動きに対して、アメリカが、社会の「本能的嫌悪感」を背景に、「普遍的価値観」の観点から「慰安婦問題」への対応の圧力をかけてくる可能性は、決して小さくない。そうなってから「すみませんでした」と謝るのでは、いかにもみっともない。それとも、「河野談話の見直し」を主張する安倍氏などは、いざとなれば「日米同盟」を壊すこともいとわない、というのであろうか。それならば、「日米同盟が最重要」などの言葉はウソということになるが、そうなのだろうか。



 

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