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浦部法穂の憲法時評

 

人も住めない「島」のために戦争するとでも言うのか


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2012年9月6日

 韓国の李明博大統領が8月10日に「竹島」に上陸し、尖閣諸島では8月15日に香港の民間団体「保釣行動委員会」のメンバーら14人が上陸するという騒ぎが起きた。7月にはロシアのメドベージェフ首相が「北方領土」を訪問するなど、このところ日本の「領土問題」が、またぞろ騒がしくなってきた。韓国は、野田首相が李明博大統領に宛てた抗議の親書を送り返し、日本側はその親書を返しに来た韓国大使館員を外務省の敷地の中にさえ入れずに追い返すという、日韓双方ともに「子どものけんか」レベルの応酬をやりあっている。また、中国では、例によって「反日」の世論が沸騰し各地で「反日デモ」が展開されており、北京では丹羽駐中国大使の乗った日本大使館の車が襲撃され「日の丸」を奪われる、といった事件も発生した。そして、日本国内では、2年前の尖閣沖「中国漁船衝突事件」のときと同じく、中国・韓国への強硬対応を煽る言説が、政治家やマスコミから「これでもか」とばかりに発せられている。韓国ドラマ「朱蒙」などで日本でも有名な俳優のソン・イルグクが「独島(竹島)遠泳リレー」に参加したというので、日本のテレビ局はソン・イルグク主演のドラマの放送を取りやめた。尖閣にしろ「竹島」にしろ、あんな、人も住めない小さな「島」一つのことで、なんでここまで大人げない大騒ぎをするのか。「あほらしい」としか言いようがない。

 前にも書いたが(2010年10月21日付『領土問題』)、領土をめぐる争いは、要するに、どちらも、それぞれ自分に都合のいい事実だけを取り出して「自分のものだ」と言い合っている、という性格のものである。逆に言えば、どちらの言い分にもそれなりの理由・根拠はあるということである。だから、尖閣諸島や「竹島」や「北方領土」は「わが国固有の領土である」という日本の主張が正しいとするなら、それぞれについて「いや、うちの固有の領土だ」とする中国、韓国、ロシアの主張もまた正しいということになる。2年前に書いたことの繰り返しになるが、そもそも、国の領土なるものは、歴史的に見るかぎり、多かれ少なかれ「誰かから奪った」という要素のつきまとったものであるから、「固有の領土」などという言い方自体が胡散臭いものなのである。だから、「固有の領土だ」という言い合いを続けているかぎり、「泥仕合」になるだけで問題は絶対に解決しない。国際司法裁判所に提訴するというのは一つの賢明な方策であるが、これも実効支配している側が「わが国固有の領土であり、これに関して領土問題はそもそも存在しない」という原則論から提訴に応じなければ、国際司法裁判所の裁判は始まらない。「竹島」について、日本政府は国際司法裁判所に提訴することとしたが、韓国政府は上記原則論に立って応訴を拒否した。だが、日本もまた、尖閣諸島について、とくに民主党政権になってから、「わが国固有の領土であり、領土問題は存在しない」という原則論を振りかざし、石原都知事が東京都による尖閣購入をぶち上げ、野田政権は国有化方針を決めるなど、「竹島」についての韓国政府と同じようなことをやっている。むしろ、尖閣諸島問題について、実効支配している日本の側から国際司法裁判所へ提訴すれば、中国の側にはこれに応じないという大義名分は立たず(応じなければ、自らの領有権の主張を否定するに等しい)、韓国に対しても提訴に応じるべきという圧力をかけられるのではないか。原則論を振りかざすだけで、「毅然とした対応」だの「強硬措置」だのということしか言えないのでは、外交放棄である。

 そもそも、いま日本の領土を考える際の「出発点」は、「戦争に負けた」ということである。ここのところを間違えてはならない。戦争に負けて失った領土について「固有の領土」だと言ってみても、所詮は通用しないのである。戦後処理のなかで、「北方領土」や「竹島」は「失った領土」に入るのかどうか、尖閣諸島については「失わなかった領土」に入るのかどうか、疑義を挟む余地があるということで、現在までの「領土問題」となっているのではあるが、それ以外の歴史的要素はいっさい無意味である。たとえば、「ドイツ」という国は1871年に「ドイツ帝国」として成立し、それが基本的にこんにちまで引き継がれている。しかし、その「ドイツ帝国」を主導しその中核にあったプロイセンの領土は、いまでは、ほとんどがドイツの領土ではない。第2次大戦で敗れた結果、旧プロイセンの領土の大部分はポーランドに割譲された。つまり、かつてドイツという国の中核を構成した土地が他国の領土とされたのである。だからといって、いまはポーランドに属する旧プロイセン領だった土地を、ドイツが「歴史的にみてわが国固有の領土だ」と主張したら、いったいどうなるだろうか。

 しかし、こと領土問題になると、政府もマスコミも政治家も、議論の出発点がどこかなどということはいっさい無視して、自国に都合のいい事実だけをあれもこれも引っぱり出してきて「わが国固有の領土だ」という原則論しか言わない。だから、国民は、相手国にもそれなりの言い分があるということを理解できない。「韓国の李明博大統領が島根県の竹島に上陸した」という言い方で(わざわざ「島根県の」と強調して)報道されれば、日本の国民が「韓国の大統領が唐突に島根県に足を踏み入れた、主権侵害だ」と思ったとしても無理はない。しかし、「韓国固有の領土だ」とする韓国側からみれば、韓国の領土であり現に韓国が支配している島を大統領が訪問したというだけのことであって、大統領が国内のどこに行こうが外国からとやかく言われる筋合いはない、ということになろう。尖閣諸島については、逆の立場である。中国側の原則論しか知らされていない中国の国民からみれば、東京都による購入だの国有化だの、地方議員たちの上陸だの、その他もろもろ尖閣諸島(「釣魚島」)に対する支配権を強化しようとする日本の動きは、主権侵害と映るであろう。李明博大統領の「竹島」上陸に日本側が反発するのとまったく同じである。こうして、お互いがそれぞれ自分の側の原則論だけを正しいと信じ込み、相手の言い分に耳を貸そうものなら「非国民」扱いするという空気が広まってくると、感情的対立は引くに引けないところまで行ってしまう。このまま強硬論が煽り立てられれば、日本でも、武力衝突辞さず、の空気が広まる危険すらある。強硬対応を煽る政治家やマスコミは、戦争になってもいいと考えているのであろうか。

 かりに尖閣諸島をめぐって中国と武力衝突ということになってもアメリカがついているから大丈夫、と考えているのだとしたら大きなまちがいである。尖閣諸島は日米安保の対象になるとアメリカの誰かが言った、という報道がなされているが、その発言には何ら特別な意味はない。尖閣諸島が日本の「施政下」にあるかぎり日米安保条約の対象に含まれるというのは、条約の規定上当然であって(日米安保条約第5条)、そのことを言っただけのことである。尖閣で中国と武力衝突ということになったときにアメリカ軍が出動すると言ったわけではない。むしろ、アメリカは、領土問題については中立の立場だということを再三表明している。一方、「竹島」については、アメリカが日本側につく可能性はゼロである。「竹島」は韓国が実効支配しているから「日本国の施政下」にある地域ではなく、したがって日米安保の対象外である。逆に、韓国とアメリカとの間には韓米相互防衛条約が結ばれているから、仮に日本が「竹島奪還」で韓国と武力衝突を起こしたら、アメリカは、もし仮にどちらかにつくとしたら韓国側につくしかない。武力による解決という選択肢は、絶対にとるべきでないのはもちろんだが、そういう「べき論」を抜きにしたとしても、とてもじゃないが成功の見込みのないものなのである。そんなことは誰もわかっているはずなのに、それでも強硬対応を煽り立てる政治家やマスコミは、そんなこともわからないほど頭が悪いのか、それとも日本がどうなろうと他の人がどうなろうと自分の個人的利益が達成されればいいと考えているのか。どちらにせよ、そういう輩の言うことは、絶対に信じてはならない。



 

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