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浦部法穂の憲法時評

 

「がれき」の広域処理


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2012年3月22日

 東日本大震災で発生した「がれき」は、岩手、宮城、福島3県で約2300万トンにのぼるという。阪神・淡路大震災のときにも、約2000万トンの「がれき」が発生した。当時の神戸市の年間廃棄物処理能力でいえば7年分にあたるといわれた。街じゅうが倒壊した建物などの「がれき」に覆われている状態——とにかく、これを解消しなければ街の復興や被災者の生活再建は、手をつけることさえできない。住居や店舗や工場を再建して再スタートを切ろうにも、「がれき」を片づけなければ新たな建物を建てることはできないのであるから。阪神・淡路のときには、まず、倒壊した建物の解体撤去を公費で行うのかどうか、というところから議論が始まった。個人資産の解体撤去に公費を使うのは「個人補償」にあたるから不適切ではないか、という「そもそも論」があったからである。しかし、被災者には自力で解体撤去を行う余裕はないから、そんな「そもそも論」は現実に通用するものではない。ということで、比較的早い時期に、しかし必ずしも「すんなりと」ではなく、全額公費負担が決定され、「がれき」の撤去が始まった。撤去された「がれき」は山中の遊休地やゴミ集積場に積み上げられ、また、神戸の街中にある公園のグランドにもうずたかく積まれていた。それが最終的になくなるまでには何年もの期間を要したが、ともかく、街じゅうを覆っていた「がれき」が「とりあえず」撤去されたことで、復興と生活再建へのスタートラインが引かれたのであった。

 いま、東日本大震災の被災地で、「がれき」の処理が進まず、そのことが復興の大きな妨げになっている、といわれる。そして、政府は、岩手、宮城両県の「がれき」について、被災地外の自治体にそれを受け入れ処理するよう求めている。具体的には、福島県を除く岩手、宮城両県の「がれき」約2000万トンのうちの400万トンについて、全国の自治体に受け入れを要請しているのである。マスコミも、これに合わせて、復興の妨げとなっている「がれき」をみんなで受け入れよう、といった調子のメッセージをいろいろな形で発している。しかし、その一方、各地で、とくに放射能汚染の不安から、「がれき」受け入れに反対する住民の声も根強い。そうした受け入れ反対論に対しては、「自分さえ良ければいいのか」、「被災地を見捨てるのか」、「エゴイストだ」といった、人格攻撃が浴びせられている。「がれき」受け入れこそが「人の倫」だ、というわけである。例によっての「右向け右」体質だが、ことが大震災の被災者への支援にかかわるものとして問題設定されているだけに、反対論への攻撃は感情的にも熾烈なものとなっている。石原東京都知事は、反対する都民には「黙れ!」と言えばいい、と言い、橋下大阪市長にいたっては「すべては憲法9条が原因だ」などとお門違いなことを言い出す始末である。

 「がれき」が復興の大きな妨げになっているというが、いったい、岩手、宮城両県では「とりあえず」の「がれき」撤去さえ手つかずになっているということなのであろうか。もし万一そうなら、それは政府・行政の怠慢以外の何ものでもなく、また、被災地外の自治体が受け入れるかどうかという以前の問題である。1年も経って、まさかそれはないだろう。とすれば、「がれき」が復興の大きな妨げになっているというのは事実に反すると思う。震災の「がれき」はとりあえず撤去されていれば、それがどこかにまとめて積み上げられている状態であっても、復興の大きな妨げにはならない。だいたい、2000万トンもの「がれき」を1年やそこらで処理して全部なくすことは絶対不可能であるから、とりあえずどこか邪魔にならないところに積み上げておくしかないのである。そうして、何年かかけて、埋めるなり焼くなりして、あるいは可能なものはリサイクルして、徐々になくしていく以外に方法はない。被災地外の自治体が受け入れようが受け入れまいが、同じである。それをあたかも、「がれき」受け入れに反対する不届きな連中がいるから復興が進まないのだ、といわんばかりに「がれき受け入れ」キャンペーンを張る政府・マスコミのやり方は、国民のあいだに感情的な対立を生み出すだけで、被災地の復興にとってはマイナスでしかないと思う。

 「がれき」受け入れに反対する人たちがいちばん不安に思っているのは、放射能汚染の問題である。その問題さえなければ、受け入れに反対する声はそれほど大きなものにはならなかったと思う。そして、放射能汚染への不安は、決して根拠のないものではない。受け入れを求められているのは岩手、宮城の「がれき」で福島は除外されているのだから放射能汚染を心配する必要はないなどと言う人もいるようだが、県境が放射能をブロックする壁になるはずもないから、福島の「がれき」ではないから安全だなどというのはジョークにもならない。一番の問題は、放射性廃棄物について国が示した基準の不透明性である。原子炉等規制法(「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」)は、放射性廃棄物を高レベル放射性廃棄物と低レベル放射性廃棄物に分類し、放射能を封じ込め拡散させないために、それぞれに応じた厳格な処理処分の方法を定めている。そのうえで、放射能濃度がきわめて低く人の健康への影響が無視できるものは「放射性物質として扱う必要がない物」とし、その基準値以下であることが確認されたものは普通にリサイクルしたり処分したりすることができることとしている(クリアランス制度)。その基準値が、放射性セシウムについては1kgあたり100ベクレルとされている(単独の場合)。つまり、放射性セシウムだけだったら100Bq/kg以下のものは普通の廃棄物と同様の方法で焼却したり埋め立てたりしてよい、リサイクルも可、ということである。この基準値はIAEAなどの国際的な基準に従ったもので、これ以下のものなら十分に安全だとされる基準である。

 ところが、福島の事故をうけて、国は、この基準を8000Bq/kg(80倍)に引き上げ、それを「がれき」の広域処理にも適用するものとしたのである。つまり、8000Bq/kg以下なら「放射性物質として扱う必要がない物」とすることにしたのである。この基準が適用されることによって、被災地外の自治体が「がれき」を引き受けて焼却する場合、放射性セシウムの濃度8000Bq/kgまでの焼却灰は普通のゴミの場合と同じ方法で埋め立て等をすることになるわけである。これまでは「低レベル放射性廃棄物」として厳重な管理の下に処理処分されてきたものを「原発事故があったから『放射性物質として扱う必要がない物』に変更し、普通の廃棄物と同じ方法で処理できることにします」と言われて不安を感じないほうが不思議ではないだろうか。環境省のホームページにある100Bq/kgと8000Bq/kgの2つの基準についての説明文では「100Bq/kgは廃棄物を安全に再利用できる基準であり、8000Bq/kgは廃棄物を安全に処理するための基準」だと説明されているが、これはごまかしだと思う。100Bq/kgは「放射性物質として扱う必要がない物」の基準であり、再利用できるという意味も含んでいるが、放射性廃棄物として厳重な管理の下に処分しなくてもよいということを意味しているはずである。逆に言えば、100Bq/kgを超える物は放射性廃棄物として厳重な管理の下に処分しなければならないことになるはずで、8000Bq/kgは「廃棄物を安全に処理するための基準」だなどということが、いったいどこから出てくるのか、私には理解できない。「がれき」の受け入れを求めるのなら、そして受け入れに反対する人たちを非難するのなら、ごまかしの説明はやめて、なぜ100が8000になったのか、素人でも十分に納得できる説明をするのが先であろう。そもそもでいえば、100Bq/kgという基準をいじらずに、被災地外の自治体に引き受けさせるものは焼却しても100Bq/kgを超えないものに限定するというのが筋ではないかと思うが、どうであろう。




 

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