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浦部法穂の憲法時評

 

住基ネットと「共通番号制」


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2011年2月17日

 東京都国立市が「住基ネット」に接続しないのは違法だ、とする判決が出された(2月4日、東京地裁)。国立市は、住基ネットの個人情報保護対策・セキュリティ対策が十分でない現状のもとでは住民の安全と個人情報を守るためには住基ネットに接続しないという措置をとるのが住民生活の保護を第一義的任務とする自治体のつとめだ、として住基ネットへの不接続を継続してきた。これに対し、裁判所は、住基ネットへの一部市町村の不参加は、「本人確認情報を国の機関等、都道府県及び市町村で共有することにより行政コストの削減を図る」、「市町村間をネットワーク化し、住民基本台帳事務の広域化及び効率化を図る」という住基ネットの目的の達成を妨げることになるから、市町村は「住基ネットに接続する法律上の義務を負う」のであって、市町村長が住基ネットから離脱するという判断をすることは許されず、また、住民のプライバシー保護等の問題は国が対策を講じればよいことだ、とした。簡単に言えば、《国が法律で決めたことに逆らうのは許されない》、《住民のプライバシーや人権侵害といった問題への対策は国が考えるべきことであって市町村がとやかく言うべきではない》、というのである。

 住基ネットが個人のプライバシー等を侵害し憲法13条に違反するのではないか、という問題については、最高裁が2008年3月6日の判決で、すでに合憲の判断をしている。ただ、この最高裁判決の事案を含む従来のケースは、個人が自分の住民票コードの削除を求めたものであったが、今回の国立市の事例は、国立市の住民が、住基ネット不接続は違法であり、そのような違法な措置によって市が余分な支出をしている、として提訴した住民訴訟である。つまり、市の側が住民の人権を守ろうとしてとった措置に対して、住民の側が《人権を守ることより、法律で定められたとおりにやることのほうが大事だ》として訴えたという、何とも奇妙なケースなのである。そして、住基ネットに接続していれば不要であった「違法」な支出として判決によって認められた額は、わずか39万円あまり(08年〜09年の1年間)であった。住基ネットに接続していれば、その維持運用のために必要な経費は、はたして年間いくらになるのであろう。とても39万円で収まるとは思えないのだが(住基ネット全体での数字であるが、住基ネット導入時の総務省の発表によれば、システム構築に要した費用が約390億円、年間の維持運用経費が約190億円ということである)。にもかかわらず、「違法」な支出だからと訴えをおこす市民がおり、それを裁判所が《法律に逆らうことは許されない》という「憲法より法律」の論理で認めてしまうこの国の姿は、いびつとしかいいようがない。

 住基ネットにのせられる個人情報は、いまのところ、氏名、生年月日、性別、住所、住民票コード、および、異動等の変更情報であり、これらの本人確認情報がネットワークで結ばれて、本人確認を必要とするさまざまな行政事務の処理に利用される。これによって、たとえば、全国どこでも住民票がとれるとか、旅券の申請の際に住基ネットを利用することで住民票の提出が不要になるとか、年金受給者の現況届が不要になるなど、国民の側にもメリットがある、といわれる。また、そこで扱われる個人情報も、それほど秘匿性の高いものではないから、そんなに問題視しなくてもいいのではないか、と感じる人も少なくないかもしれない。しかし、住基ネットにのせられる個人情報の範囲やそれを利用できる行政事務の範囲は、法律を改正すればどのようにでも広げられる。現に政府は、いま、「税と社会保障の一体改革」の名のもとに、国民一人ひとりに、納税や社会保障給付などに共通の番号を付す「共通番号制」の導入を検討しており、その際に住民票コードを利用し住基ネットにのせることが、有力な選択肢としてあがっている。

 そうなれば、氏名・性別・住所などだけでなく、所得や資産から病歴などといった個人情報までが一つの番号のもとに集められ、ネットワークで結ばれて、その気になればいつでもどこでも利用できる、という状況になる。要するに、私たちは、為政者の前でほとんど「丸裸」状態に置かれることになるのである。行政事務の処理に個人情報が必要となる場合は、たしかに多い。だから、行政が個人情報を取得し利用すること自体を否定することはできない。場合によっては、公平・公正な行政執行のために、たとえば税務調査のように、本人の意思に反してでも個人情報を取得しなければならないこともあろう。そうであればこそ、行政は、個人情報の扱いにとくにセンシティブでなければならないのであって、かりにも行政の便宜やコストや効率性を優先するような発想をしてはならないとすべきである。「共通番号制」を検討する政府のWGでは「住基ネットが安全性を重視するあまり、使い勝手の悪いシステムになり、費用も巨額になった反省を踏まえるべきだ」という趣旨の意見が出されたという。そんな発想で「共通番号制」が導入され「丸裸」にされたら、日本という国は、どうしようもなく息苦しい国になってしまうであろう。今回の判決が、そういう息苦しい国への「露払い」にならなければよいのだが……。

 

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