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浦部法穂の憲法時評

 

ベーシック・インカム(その2)


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2009年12月10日

 前回、「ベーシック・インカム」構想はある意味「新自由主義的」でもある、と書いた。それはどういうことかというと、要するに、国の行政コストを相当程度削減できるからである。すべての個人にベーシック・インカム(BI)が支給されるということになれば、生活保護も年金も失業保険も不要になるから、たとえば社会保険庁とか福祉事務所などの役所は要らなくなる。厚労省もいまよりずっと小さな規模に縮小できる。また、BIはすべての個人に無条件に支給されるものであるから、受給のための煩雑な申請手続も、所得がいくらあるとか世帯構成がどうであるとか、その他さまざまな資格審査も、いっさい不要である。したがって、BI支給に伴う行政コストは小さくて済む。また、税についても、簡素化が可能となるから(たとえば、かりに所得税というものを維持するとしても、扶養控除や基礎控除その他の煩雑な調整措置は不要となるであろう)、徴税コストも下げられる。

 というように、BI構想は、いわば「小さな政府」に親和的な面をもっており、その意味で「新自由主義的」だともいえるのである。福祉国家=「大きな政府」で、「小さな政府」は福祉切り捨てだ、というのがこれまでの「常識」であったが、BI構想は、すべての人の生存権を確実に保障しつつ「小さな政府」を実現するという、これまでの「常識」を覆す構想のようにみえる。

 BIは、また、企業にとってもコスト削減のメリットをもたらす。まず、従業員の社会保険料の雇用者負担分が不要になる。また、賃金についても、扶養手当などを支払う必要はなくなる。さらに、生活給という考慮は不要となるから、賃金水準自体を下げることも可能になる。また、最低限度の生活はBIで維持できるから、企業の側からすれば、解雇への心理的抵抗も少なくなり、雇用調整が容易になる。非正規雇用の拡大も、さほど問題視されなくなるであろう。こうして、人件費のかなり大幅な圧縮が可能になる。このように、BI構想は、企業の人件費削減を可能にし、企業の側の自由度を高めるという意味においても、「新自由主義的」だということができるであろう。

 ただ、「新自由主義的」であろうが「社会主義的」であろうが、そういう「レッテル貼り」には意味がないし、そのレベルの議論は不毛な議論でしかない。要は、BIがそういういろいろな面をもっているということなのである。解雇が容易になり賃金も低く抑えられるというのでは、結局企業の利益になるだけで働く者の利益にはならないではないか、ということになりそうだが、もちろん、そうなる可能性がないわけではない。しかし、働く側にしてみても、やりがいの感じられない仕事や条件の悪い仕事を生活のためだけにしなければならないという隷属状態から解放されるのは、大きなメリットである。そして、そうであれば、魅力のある仕事や労働に見合った賃金を提供しえない雇い主は、必要な人材を得ることができなくなるから、企業の側がBIを口実に一方的に労働条件を切り下げるというようなことは、そう簡単にはできないだろうとも考えられる。

 さて、BIのいちばんの疑問は、本当にそんなことが財政的に可能なのかということであろう。まず、BIとしていくら支給するのが適切か。「健康で文化的な最低限度の生活」を営むためには、現在の生活保護基準に照らして考えると、一人月額8万〜10万円程度が必要かつ適切なところではないかと思う。ちなみに、BIは生活保護とは違って世帯単位ではなく一人ひとりの個人に支給されることを前提としている。月額8万円とすれば、3人家族なら月24万円、4人家族なら32万円ということになる。高齢者や介護を要する人には割り増し、逆に子どもは少し低い額に設定するなどのことも考えられるが、とりあえず一人月額8万円としておくと、BIとして支給される総額は、年間120兆円くらいということになる。

 120兆円というと、一般会計予算が80兆円程度であるから、現在の予算規模をはるかに超える額のようにみえるが、特別会計予算が350兆円ほどあり、各会計間の取引として重複計上されている分を除いた純計でいうと、日本の財政規模は約210兆円である(財務省資料による)。120兆円はその6割弱程度の額であるから、数字としては決して不可能な数字ではない。そして、現在でも、210兆円のうちの70兆円近くが社会保障関係費として支出されているから、これに50兆円上積みすればいいということになる。問題は、それをどう調達するかである。ここから先は、不確定要素をもとにした計算であるから、どの程度実現性があるかは即断できないが、所得税を一律50%(BIはもちろん非課税)にすれば賄えるという試算もある。所得税50%というと、とんでもないと思われるが、その試算では、BIは非課税でそのまま残るし、社会保険料などの負担はなくなるから、現在と比べて実収は減らないということのようである。ほかに、所得税も法人税もなくして消費税だけにし、税率50%(基礎的生活品についてはそれより低率にする)にすればよいという考えもある。これも、消費税率50%なんてとんでもないということになりそうだが、50%の消費税がかかっても、現在税込み1050円(本体価格1000円)のものが1500円になるわけではなく、企業の税負担や人件費負担が大幅に軽くなるから、そのコスト減が価格に反映されて1000円のものが700円に下がれば、50%の消費税がかかっても1050円で、消費者の買値は変わらないことになる。

 BI構想は、これまでの「常識」からすれば、いろいろな意味において「常識外れ」の構想であることは、まちがいない。もしそれが実現した場合には、人々の生活様式や行動パターンに大きな変化を及ぼすであろう。したがって、BIを導入したら実際にどうなるかは、簡単には予測できないところがある。いいことばかりであるはずはなく、負の側面にも目を配る必要もあろう。その意味では、まだまだ「夢物語」である。しかし、これまでの「常識」を離れて「夢物語」の世界に遊んでみるのも、また、楽しいことではなかろうか。そして、「常識」を離れた思考のなかから閉塞状況を打破するヒントが浮かんでくることも、期待できるのではないかと思う。


 

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