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浦部法穂の憲法時評

 

Swine flu


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2009年5月18日

 4月24日にアメリカへ発った。出発したときには思いもしなかった事態が、渡米直後に発生した。「豚インフルエンザ」swine fluの世界的ひろがりである。そして、5月8日にニューヨーク発の全日空機で帰国したとき、成田空港では1時間近く機内に足止めされ、防護服に防毒マスクのようなものをつけた物々しい姿の係官が機内に入ってきた。幸い、私が搭乗した便では感染が疑われる乗客はいなかったので、時間は取られたものの、その日のうちに帰宅できた。しかし、同じ日、私が乗った便から約40分ほど後に成田に到着したノースウェスト機でカナダから帰国した高校生ら3人が、この新型インフルエンザに感染していることが判明し病院に隔離されるとともに、この3人と行動をともにした一行や機内で近くの座席だった人および客室乗務員が、「濃厚接触者」として、原則10日間成田市内のホテルに「停留」させられることとなった。
 こうした措置が採られるのは、今回のインフルエンザが感染症予防法にいう「新型インフルエンザ」にあたるとされたためであり、「停留」は検疫法に基づく処分である(逃げ出せば1年以下の懲役又は100万円以下の罰金!)。そして、こうした措置が採られていることで、そこまでする必要のある恐ろしいウィルスなんだというように日本の人々は受け取り、マスコミもまた「怖いぞ、怖いぞ、気をつけろ」と大騒ぎすることになっているのであろう。
 しかし、少なくとも私自身が滞米中に感じたかぎりでは、アメリカでは日本ほどの大騒ぎにはなっていなかったように思う。アメリカは、いま現在、swine flu(アメリカは、豚肉生産農家等への配慮から、公式にはswine fluという呼び方をやめて、H1N1 fluなどと呼んでいる。しかし、新聞等ではswine fluのほうが一般的である)の感染者が最も多い国であるが、しかし、たとえばニューヨークの街中でマスクをしている人は皆無といってよい状況であった。たまに見かけるマスク姿は、例外なく日本人観光客であった。そして、政府もマスコミも、警戒は呼びかけつつ、むしろ「安心情報」を積極的に発信しているように、私には思われた。最初の段階では、政府は、学校を2週間休校措置にするといっていたのを、数日後に、ほとんどが軽症でおわるmildなインフルエンザであるということがわかると、休校措置は必要ないと、ただちに方針転換をした。そして、アメリカ疾病対策センター(CDC)は、5月4日頃には、「われわれは、まだ森の中にいる」(感染拡大が止まったわけではない、という意味)としつつも、「楽観視している」という見解を明らかにした。
 こうした「安心情報」が、日本では、はたしてこの間、伝えられることがあったのであろうか。政府の対応もマスコミの報道姿勢も、どうもいたずらに恐怖心を煽るようなものになっていたのではないかという気がするが、どうであろうか。そこで、私がアメリカ滞在中に現地の新聞・テレビ等で得た「安心情報」を紹介しておこう。
 まず、今回のインフルエンザは、新型ではあるが、重症化することはまれであり、冬に流行る通常のインフルエンザと同程度のものと考えてよい。メキシコを除けば、致死率はきわめて低いし、アメリカでの死亡例は、すべて慢性的な健康上のトラブルを抱えていた人であった。また、今回のインフルエンザでは、18歳以下の感染者が60%近くを占め、60歳以上の感染者はほとんどいない。その理由はよくわかっていないが、1つの可能性として、60歳以上の人は子どもの頃に同種のウィルスにさらされていて何らかの免疫をもっているということも考えられる。ただし、1918年のいわゆるスペイン風邪は、全世界で4000万〜5000万人の死者を出したが、このときも、春にmildな症状でおわる第一波の流行があり、秋以降の第二波でウィルスが高病原性を獲得したとされる。したがって、今回も、秋以降に深刻な症状をもたらす第二波の流行が考えられないわけではないが、今回のウィルスは、いまのところ、スペイン風邪ウィルスのような高病原性をもつにいたる遺伝子は持っていない。なお、こうしたところから、アメリカでは、いまのうちに感染しておいたほうが、万一の時に免疫ができていて、いいのではないか、というような風評が一部にあるようであるが、さすがにこれは馬鹿げた考えであると、専門家は言っている。
 ざっとこんな所である。もちろん、これは、警戒しなくていいということではない。通常のインフルエンザと同様の警戒は怠ってはならないし、同様の対応・対策は必要である。通常のインフルエンザでも、世界全体では、毎年多くの人が亡くなっているのであるから、十分な警戒や対策が求められている。しかし、それ以上に過剰に反応する必要はない、ということである。
 感染症への過剰反応は、容易に、社会的な人権侵害を引き起こす。今回のインフルエンザに関しても、日本では、国内で感染者が出たわけでもないのに病院や医療機関による診療拒否が相次いだ。また、カナダから帰国の高校生らの感染が確認されたことで、マスコミ等では、現地でマスクをしていなかったのはけしからんとか、早く帰国させる措置をとらなかったのが悪いとか、早くも「犯人捜し」が始まっている。あるいは、「濃厚接触者」が検疫を「くぐり抜けて」入国しているのはとんでもないことだ、といった論調も強い。もし「くぐり抜けて」家に帰ってしまった人が、その後に発症して感染が確認されるというようなことがあったなら、いまの調子だと、その人はまわりから完全に白い目で見られることになるであろう。
 じつは、感染症予防法は、普通の法律としてはめずらしく、「前文」をおいている。そこには「我が国においては、過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受けとめ、これを教訓として今後に生かすことが必要である」という1節がある。そして、本文中にも、「(この法律に基づき実施される措置は)感染症を公衆にまん延させる恐れ、感染症にかかった場合の病状の程度その他の事情に照らして、感染症の発生を予防し、又はそのまん延を防止するため必要な最小限度のものでなければならない」(第22条の2)とする規定が置かれている。まさに、過剰反応・過剰対応が人権侵害を引き起こすという教訓から、こうした規定が置かれているのである。いま現在の政府の対応やマスコミの反応が、はたしてこの法律の趣旨に適合したものといえるであろうか。とくに「濃厚接触者」の「停留」という、自由に対する強度の制限が、今回のケースにおいて「必要最小限度」のものといえるかどうかは、大いに疑問である。先にも述べたように、「停留」は、検疫法に基づく処分であって、検疫法には感染症予防法のような「必要最小限度」という規定はないが、自由に対する重大な制限である以上、それが「必要最小限度」でなければならないことは、憲法上の要請である。

 

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