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EdTech AIED 子ども プライバシー権 教育を受ける権利
はじめに
近年、世界各国で急速に「EdTech」の開発・実装が進められている。特に、教育におけるAI(AI in Educationの略で「AIED」と呼ばれる)の発展が目覚ましい※1。日本もその例外ではなく、この数年でEdTech政策が急激に進展した。
日本は、長らくICT教育の後進国であり、2018年にOECDが実施した「生徒の学習到達度調査」(PISA 2018)においても、学校の授業におけるデジタル機器の使用時間が最下位という結果であった。しかし、皮肉にも、「コロナ禍」がその状況を一変させた※2。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、2020年2月から5月にかけて、政府の要請により全国の小中高校等が休校を余儀なくされた際、ICT環境が整っていなかった大多数の学校では、オンラインで教育を継続することができず、子どもの教育を家庭に委ねる結果となった。そこで文科省は、こうした現状を改善するため、いわゆる「1人1台端末」などを内容とする「GIGAスクール構想」の達成時期を2023年度から2020年度へと大幅に前倒しした。これにより、EdTechの基盤が一気に整えられ、学校に通わずともオンラインで教育を受けられる環境が実現したのである※3。
もっとも、このようなコロナ禍への対応は、あくまでもEdTech政策の副次的目的にとどまる。ではEdTech政策の主目的は何かといえば、それは「教育データ利活用」、すなわち、AI技術等を用いて、学習履歴(スタディ・ログ)をはじめとする教育データを収集・分析・活用することで、子ども一人ひとりの能力・タイプ等に応じた教育の「個別最適化」や、「エビデンス」に基づく教育政策などを実現することである。このような教育データ利活用こそ、コロナ禍の前から政府が進めてきたEdTech政策の本流であり、コロナ禍対応はそこに合流したものである。
こうしたEdTech政策に力を入れているのは、文科省だけではない。たとえば、総務省は2017~2019年度に「スマートスクール・プラットフォーム実証事業」を実施し、経産省は2018年に「『未来の教室』とEdTech研究会」を立ち上げ、デジタル庁は文科省・総務省・経産省と共同で2022年1月7日に「教育データ利活用ロードマップ」を公表し、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)は同年6月2日に「Society 5.0の実現に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ」を提示した。このように、つい最近までICT教育後進国であった日本は、今や政府全体でEdTech政策を強力に推進する国へと変貌しているのである。
しかしながら、EdTechは、大きな力と可能性を有しているだけに、子どもの権利を傷つけるリスクも同時に抱えている。本稿では、こうしたリスク面に着目し、EdTechと子どもの権利の関係について、若干の検討を行いたい。
教育データ利活用とプライバシー権
EdTech政策の主目的である「教育データ利活用」は、子どもの教育データを大量に収集し、それらをAI等により分析し、その結果を教育活動や教育政策に活用することを内容とする。したがって、子どもが自身の教育データを収集・分析・活用されたくないと考えるとき、それは子どものプライバシー権(憲法13条)と衝突する。
一つ具体例を挙げよう。大阪府箕面市は、AI技術を駆使して、「子どもの貧困」問題に取り組んでいる※4。具体的には、従来分散的に管理されていた「子どもの貧困」に関わる諸情報、たとえば、保育所・幼稚園への出席状況、小中高校で測定された学力・体力、児童相談所が把握している家庭環境、さらには生活保護や納税等の情報を、教育委員会に設置した「子ども成長見守り室」に一元化している。そして、AI技術を活用した「子ども成長見守りシステム」により、定期的にそれらの情報を分析することで、生活困窮度、学力、非認知能力等を判定し、支援の要否や態様等を判断している。
このシステムは、支援を要する子どもの見逃しを防ぐという点で、大きなメリットを有するものといえる。実際、2017年後半の判定では、要支援度が最も高い「重点支援」と判定された小中学生が477人リストアップされたところ、そのうち212人(44%)は学校などで見守りの対象とされていない「ノーマーク」の状態であったという。しかしながら、多種多様かつ大量の情報を一元管理され、詳細に分析されることは、自身の生活を丸裸にされるようで、抵抗感を覚える子どもも少なくないだろう。では、そうした子どもたちは、プライバシー権に基づいて、このシステムに組み入れられることを拒絶しうるだろうか。
このように子どもの「同意」※5を教育データ利活用の要件とすべきか否かを検討するうえで、重要な論点となるのが、同意しなかった子どもの扱いである。単に教育データ利活用の対象から外せばよいだけではないかと思われるかもしれないが、話はそう単純ではない。憲法26条は、「すべて国民は、……その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」と規定している。同意の有無によって受けられる教育に大きな差がつくことは、同条が保障する「教育の機会均等」に抵触するおそれがある※6。そのため、今後の学校教育にとって、教育データ利活用が不可欠の要素になるのだとすれば、そうしたEdTechに同意しない子どもに対して、いかにして同等の教育を提供するか(たとえば、他の子どもたちがAI型教材で自習する際、その子どもにだけは人間の教師が授業を行うということが現実的に可能なのか)、ということが課題となる。もしそれが困難であるならば、同意を要件とするのではなく、他の手段によってプライバシー権の保護を図るべきだろう。
教育の「個別最適化」と教育を受ける権利
EdTech政策では、AIを活用した学習分析(Learning Analytics)により、各子どもの能力や個性等に応じた教育を実現することがめざされている。このような教育の「個別最適化」は、たしかに教育を受ける権利に資する面がある。すなわち、憲法26条の「その能力に応じて、ひとしく」という文言には、能力以外の理由によって教育上差別されないという消極的意義だけでなく、能力発達上の必要に応じた教育を保障されるという積極的意義があると解されているところ※7、教育の「個別最適化」は、能力発達上の必要に応じた教育を実現するための強力なツールになりうるだろう。
しかしながら、ここでいう「最適」とは、あくまでもAIのアルゴリズムによって判定された「最適」にとどまり、子どもにとって通常の意味で「最適」である保証はない。そのうえ、AIが提案する教育は、子ども本人が望む教育とは異なる可能性がある。旭川学力テスト事件判決(最大判昭和51年5月21日刑集30巻5号615頁)が説くように、教育を受ける権利が、ただ他者に決められた教育を受けとるだけの権利ではなく、その核心には「学習権」という能動的権利があるのだとしたら、AIの判定を子ども本人の意思に優越させるべきではないだろう※8。日本学術会議が2020年9月30日に公表した「教育のデジタル化を踏まえた学習データの利活用に関する提言」にも明記されているように、「教育に係る選択は本人が実施するものであり、学習データを利用した推薦や提案が、本人にとって決めつけや押し付けにならないようにする」ことが肝要であると考えられる。
このようにAIの判定と子ども本人の意思を対立的に描くことは、幾分大げさにみえるかもしれない。たしかに、AIを用いた教育の「個別最適化」といっても、現時点で実装段階にあるのは、株式会社COMPASSが開発している「Qubena」など、子どもの習熟度等に応じて出題内容を変えていくAI型教材にとどまる。そこで子どもが解きたい問題を解けなかったからといって、それを違憲と断じるのは明らかに行きすぎだろう。
しかし、現時点では構想段階にとどまる近未来のAIEDまで考慮に入れれば、印象は一変するはずである。たとえば、AIによる「学習コンパニオン」が挙げられる。これは、「幼稚園児から高齢者までの生涯にわたって個々の学習者の学習に同行し、支援してくれる」AIシステムであり、学習の進行状況をモニタリングして説明や助言等を提供してくれるだけでなく、「生徒の個人的な興味や人生の目標に基づいて、何を、どこでどのように学ぶか決めることも助けてくれ」、「将来の人生の目標に取り組むことを支援するために、包括的で長期にわたる学習経路を個に応じてデザインし、それをガイドすることができる」という※9。このような学習コンパニオンに幼少期から生涯にわたってガイドされた人間は、果たして学習権を行使したといえるのだろうか。自分自身で選びとったつもりで、AIの「助言」どおりに学習を進めていくとしたら、それは公権力による「強制」よりも厄介な問題を孕んでいるように思われる。
おわりに
本稿で指摘した論点も含めて、EdTechについては、十分に議論されていない憲法問題が数多く存在する。AIEDを専門とする教育学者ウェイン・ホルムス(Wayne Holmes)は、AIEDの倫理問題はまだほとんど研究されていないと指摘しているが※10、AIEDの憲法問題についても、状況は概ね同様といってよいだろう。特に日本では、法学においてEdTechの研究が不活発であることを反映してか、各省庁のEdTechに関する有識者会議に法学者はほとんど参加しておらず、特に憲法学者は(管見の限り)一人も加わっていない。そのため、日本のEdTech政策は、憲法論抜きで進められる傾向にある。
しかし、AI等のデジタル技術について「Privacy by Design」や「Human Rights by Design」が議論されているように、EdTechについても、子どもの権利に対する侵害リスクを除去する「立憲的デザイン」の構想が不可欠であろう。EdTech政策が急速に進められている今日、これは喫緊の課題といわねばならない。
※1 主要なAIEDの実例を紹介したものとして、Wayne Holmes et al., Technology-enhanced Personalised Learning, Robert Bosch Stiftung, 2018, pp. 60-80.
※2 堀口悟郎「コロナ禍と学校教育」法学セミナー790号(2020年)62頁以下、川崎祥子「教育におけるデジタル化の推進」立法と調査430号(2020年)50頁以下など参照。
※3 こうした「オンライン教育」と教育を受ける権利との関係については、堀口悟郎「教育を受ける権利への影響」大林啓吾編『コロナの憲法学』(弘文堂、2021年)189頁以下参照。
※4 大阪府箕面市ウェブサイト(最終閲覧2022年6月10日)。
※5 子どもに同意能力が認められない場合には、保護者の同意が問題となる。なお、同意能力が認められる年齢を何歳にすべきかという論点については、松前恵環「子どもの個人情報の処理にかかる『同意』のあり方」情報通信学会誌38巻1号(2020年)13頁以下参照。また、堀口悟郎「EdTechと憲法」日本教育法学会年報52号(2023年3月刊行予定)においても、子どもの同意に関する諸論点(同意の主体、要件、効果等)を扱う予定である。
※6 日本学術会議「教育のデジタル化を踏まえた学習データの利活用に関する提言」(2020年9月30日)は、この点に鑑みて、「教育現場では、これまで成績データなどの管理で行ってきたように、本人同意は不要としてデータを収集した方が良い」と指摘している。
※7 兼子仁『教育法〔新版〕』(有斐閣、1978年)231頁参照。
※8 堀口悟郎「AIと教育制度」山本龍彦編『AIと憲法』(日本経済新聞出版社、2018年)264-266頁で論じたように、学習権は「不自由を選ぶ自由」を含意するものと解しうる。
※9 ウェイン・ホルムスほか(関口貴裕編訳)『教育AIが変える21世紀の学び』(北大路書房、2020年)143頁。
※10 Wayne Holmes et al., Ethics of AI in Education, International Journal of Artificial Intelligence in Education, 2021.
◆堀口悟郎(ほりぐち ごろう)さんのプロフィール
岡山大学学術研究院社会文化科学学域(法学系)准教授。
早稲田大学法学部卒業。慶應義塾大学大学院法務研究科修了。慶應義塾大学大学院後期博士課程単位取得退学。法務博士(専門職)。主な著書に、『AIと憲法』(日本経済新聞出版社、共著)、『コロナの憲法学』(弘文堂、共著)、『グローバル化のなかで考える憲法』(弘文堂、共編著)、『図録 日本国憲法〔第2版〕』(弘文堂、共編著)、『学問の自由の国際比較』(岩波書店、共著)などがある。