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憲法関連書籍・文献紹介
書籍『思いがけず利他』
T.M



 「利他的」であることは「利己的」であることとは異なるものの、だからといって両者は必ずしも排他的な関係にあるようにも思えません。利他的な行為をしたとしても、その動機が利己的であれば―たとえば「こうすれば何かしらの“返礼”がもらえるだろう」等―、それは利己的な振舞いとみなされるためです。ここ数年のコロナ禍においては感染を拡大させないようにすること、仕事を失った人への援助をすること等、特に「利他」への関心が高まっています。他方で、上述のように利他的に振舞おうとするとその行為に「押しつけがましさ」が伴うことがしばしば生じ、また受け取る側も「うれしい」と純粋に感じると同時に「何かお返しをしなくては」という独特の「負債感」を抱く可能性もあります。万が一、受け取る側に返礼の余裕がない場合には両者の間に「与える側」・「受け取る側」という上下関係(時には主従関係)が構築される可能性すらあり、利他的な贈与という行為はこうした危険が伴う、複雑な振舞であることも事実です。
 他方で、日本社会において「自己責任論」が闊歩し、コロナ禍で多くの人が生活困窮に陥っていることを踏まえれば、「利他」を追求することは困難な状況打開の一大契機ともいえます。著者は「コロナ危機の中で私たちの間に湧き起こった『利他』の中にも、新しい時代の予兆があるのではない」かという問題意識のもと、「利他の本質に『思いがけなさ』ということがあると考えてい」ること、すなわち「利他は人間の意思を超えたものとして存在している」という考えを本書で論証していきます(「はじめに」参照)。
 論証のプロセスは大変ユニークで、日本の落語(立川談志の解釈)、親鸞の教え、「NHKのど自慢」、九鬼周造『偶然性の問題』、マルセル・モースの「贈与論」等、多くの領域を横断して考察がなされています。また、著者の学生時代の経験、大学での学生とのやりとり等も考察のヒントとして盛り込まれています。こうしたアプローチによって、利他の時制がかなり特殊であり「未来からやってくる」ものであること、私たち人間の「有限性」を自覚したところから利他がやってくること、「オートマティカルなもの」という結論を導出します。自分が自分であることの「不確実性」の認識こそ、困窮に陥る他者への想像力、共に支えあうという「連帯」意識の醸成に不可欠なのです。
 コンパクトにまとまっている一冊ですが、多彩な先行研究に言及されており、中身は非常に重厚です。「誰かのために何かをする」ということの意味や、「自己責任論」に疑問符を付し、互恵的な関係性を冷静に考えるために大切なヒントを提供してくれる一冊だといえます。

目次
はじめに 第一章 業の力——It’s automatic
第二章 やって来る——与格の構造
第三章 受け取ること
第四章 偶然と運命
おわりに

【書籍情報】
2021年10月、ミシマ社。著者は中島岳志(東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授)。定価は1,760円(本体価格1,600円)。

 

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