本書の著者の加藤陽子氏は、1930年代の日本の外交と軍事を専門とする著名な歴史学者です。
はからずも、昨年、日本学術会議会員として任命されなかった内の1人として記憶に残っている人も多いと思います。
本書のタイトルにある「この国のかたち」は、司馬遼太郎氏のコラムを踏まえているとのことです(4頁)。constitutionを日本語にする際、一般的には「憲法」と訳されることが多いと思われますが、司馬氏や高坂正堯氏などのように「国のかたち」という表現が最も適切であろうとする見方もあります。※1
佐藤幸治氏によれば、憲法典の制定は、…法典に見合った「国のかたち」の形成維持を目指すものであるが、それは歴史的・動態的プロセスであり、憲法典の制定によって完成・完結するわけではない。すなわち、「国民の現実の営みの中でその国その時代の骨格や体質、つまり『国のかたち』が形成されていく」のだ、と。※2
本書の扱うテーマは、「国家と国民」「東日本大震災」「天皇と天皇制」「戦争の記憶」「世界と日本」です。毎日新聞紙上に掲載されたエッセー、コラム、書評などをまとめたものであり、「国家と国民の間の関係を国民の側から問い返して、見つめ直す」ことを目指しています(3~4頁)。
いずれの論考においても共通する基本軸は、「身近な問題」から改めて「国家」や憲法上の価値―「基本的人権の尊重」や「平和主義」、「個人主義」など―の在り方を問い直すというアプローチだといえます。ここ数年で再考されたジェンダーをめぐる問題、原発や新型コロナウィルス感染拡大の問題、あるいはそれらに対するメディアの態度などから問題提起し、場合によっては歴史的に紐解くことで問題の本質を洗い出しつつ、再定位を試みます。そこには、社会や政治への漠とした疑問や不安に対する考察に向けた重要なヒントが散在しており、いずれのトピックも読者の関心を引き起こすものです。
憲法自身が第12条により「国民の不断の努力」による憲法的価値の保持、そして時にはその賦活を私たちに期待しています。「この国のかたち」の輪郭を見極め、変転する現代的問題からその内容を恒常的に問い直していかなければなりません。本書はその一つの導きの糸になるのではないでしょうか。
※1 佐藤幸治「憲法と『国のかたち』」会計検査研究No.25 5頁
※2 同上 6頁
目次
第1章 国家に問う 今こそ歴史を見直すべき
第2章 震災の教訓 東日本大震災10年を経て
第3章 「公共の守護者」としての天皇像 天皇制に何を求めるか
第4章 戦争の記憶 歴史は戦争をどう捉えたか
第5章 世界の中の日本 外交の歴史をたどる
第6章 歴史の本棚
【書籍情報】2021年7月、毎日新聞出版。著者は加藤陽子(東京大学大学院人文社会系研究科教授)。定価は1,760円(本体価格1,600円)。