今年3月11日、福島第一原発事故から10年を迎えます。事故後盛り上がった議論はだんだん下火になり、不毛な対立や分断が大きくなりました。いまも約4万人の方々がふるさとに帰還できずにいます。処理水のタンク保管量は25mプール3,000杯分(120万トン)にものぼり、廃炉に向けた中長期ロードマップは見直しが繰り返され、20~30年後の廃炉完了はきわめて厳しい状況にあります。
福島第一原発事故により、「熱の制御が極めて難しく、いったんそれに失敗すると、いとも簡単にシビアアクシデントを起こすという日本の原発が抱えていた致命的欠陥」が明らかにされました。しかし、その致命的欠陥を取り除く対策はなされないまま、既に9基が再稼働しています。2020年秋には福島第一原発と同じ沸騰水型軽水炉の女川原発2号機の再稼働に知事が合意。柏崎刈羽原発6、7号機も原子力規制委員会の適合性審査に合格しています。
事故後、セシウム137(Cs-137)の数値だけを比較して「福島の事故では広島原爆の170倍の放射能が放出された」という誤解を与えるような報道がなされたり、自称専門家による「被爆の影響を過大に評価する」デマが飛びました。事故に関し様々な調査がなされ、報告書が出されていますが、専門的知識を持っていない一般市民には読み解くのが困難であるため、データに基づき科学の立場から検討すれば「荒唐無稽」なデマであっても、少なくない人が信じ、拡散されてしまいました。
本書は、原子力政策を批判し続けた科学者4人によるものですが、決して反原発に都合の良い事実だけを集めたようなものではなく、公正・公平な議論のための科学的な土俵を共有するために不可欠な情報をわかりやすく提供する一冊です。
第1章は、事故機と被災地の現状、シビアアクシデントに至った経緯、どのような放射性核種がどの程度放出されたのか。また、それによる健康被害に関し、これまでの科学的調査により明らかになったことが、わかりやすく解説されています。
第2章では、事故機の廃炉計画の進捗や、大量の処理水問題、避難指示と避難解除をめぐる基準や甲状腺検査の過剰診断問題について解説されています。
第3章では、再稼働に向けた対策がどのようなものか、シビアアクシデントの危険はなくなったのか、放射性廃棄物、使用済燃料をどうするのか、核燃料サイクルの破綻について、専門的な内容が大変わかりやすく解説されています。
第4章では、科学的根拠をもたない流言飛言の批判の他、災害に対応するための最善策は科学的に積み上げていかなければならないことなどが述べられています。
事故から10年を迎える節目、多くの方々と本書で明らかにされている事実を共有し、私たちに残された大きな課題をどのように解決していくのか、科学的根拠に基づく国民的議論が尽くされ、政治的判断につながることを期待します。
目次
はじめに
第1章 福島第一原発事故から10年
― 事故機と被災地はどうなっているか
1 福島第一原発事故はなぜ起こったか
― 何が分かり、何が分かっていないのか
2 どの放射性核種がどれだけ放出されたか
3 福島県民の外部被曝と内部被曝の状況
4 事故による健康被害はどうだったか
第2章 立ちはだかるさまざまな問題
― どう解決すればいいのか
1 福島第一原発事故の廃炉はどうすればいいのか
2 原発敷地内の大量の処理水
― トリチウムとは何か、現状はどうか、どうしたらいいのか
3 避難指示と年20mSv基準をめぐって
4 スクリーニングによる甲状腺がん「多発見」と過剰診断問題
第3章 これからどうする原子力発電
1 シビアアクシデントの危険はなくなったのか
2 廃炉、放射性廃棄物、使用済燃料はどうするのか
3 破綻した核燃料サイクルは即刻やめるべき
4 プルサーマル使用済核燃料は直接処分に
― プルトニウムの高次元化とはどういうことか
5 事故後の原子力防災対策にも実効性はない
第4章 科学的な土俵を共有して、公正・公平な議論を
1 放射能災害とコロナ禍の科学論
2 放射線(能)に関連する流言飛語をふり返る
3 放射線被爆と健康への影響をどう考えるか
あとがき
【書籍情報】2021年2月、あけび書房。著者は岩井孝・児玉一八・舘野淳・野口邦和。定価は1800円+税。
【オンラインイベント情報】
「福島第一原発事故10年の再検証」
2021年3月4日(木)18:30-20:00