本書は、自立した個人として基本的人権を行使し、民主主義を担う能力と責任が期待される有権者が、基本的人権を考えるためのテキストとして刊行されたものです。
まずプロローグで読者は、人権問題がどのように現れ、どのように解決されるのか、人権問題を考えるための地図を手にします。憲法の重要な考え方がコンパクトながら、とてもわかりやすくまとめられています。違憲審査については、堀越事件を例に、読者は検察官、被告人側、裁判所のロジックを考えながら読み進められるように工夫されています。憲法を初めて学ぶには最適な内容ではないでしょうか。
各章は、それぞれの章を分担する執筆者が、自らの責任で執筆されたということで、理解が難しい章もありますが、2章以下には設例があり、思考しながら基本的な考え方を知り、理解を深められるようになっています。
設例は、判例や現在係争中の事件を題材にしたものだけではなく、身近な問題が取り上げられているので、人権問題を自身の問題として考えることができます。
例えば、労働権の章には、「飲食店で週3回アルバイトをしている大学生のAさんは、店長から突然「新型のウイルス感染症拡大の影響でお店の営業を自粛し、明日から休業するた め、退職届を今日中に出してください。」と言われた。バイト代を学費や生活の一部にあてているので、辞めたくない。どうしたらよいかわからず困っていた。」という設例があります。
また、教育を受ける権利の章には、「Aさんは、学校で使った放射線副読本の内容が最近になって見直されたのを知り、学校での教育に不安を感じるようになった。というのも、見直された背景には、その内容が原子力発電所の事故や放射線のリスクを実際よりも小さく印象付けるために編集されているという指摘があったからである。」という設例もあります。
表現の自由の章のヘイトスピーチや、職業の自由の章のインターネットによる医薬品販売規制、財産権の章の老朽化マンションの建替えの設例なども身近な問題ではないでしょうか。
学問の自由・大学の自治の章の設例は、遺伝子操作の研究を題材にしたもので、コラムには、東北メディカル・メガバンク計画や、ゲノム編集と胎児・胚の人権なども取り上げられています。これから規制の議論が必要となる重要なテーマですので、本書をきっかけにより多くの方々と考えていきたいです。
学問の自由は、学術会議会員任命拒否事件でも注目を集めましたが、初学者向けの本書にも、「日本国憲法が学問の自由を特に保障したのには、独自の歴史的事情もあった。かつて明治の憲法には学問の自由の保障がなく、大学の人事や研究成果の発表などが政府によって強く制約されていた。そのなかでは、京大・滝川事件や天皇機関説事件のように、政府にとって都合の悪い学問や言論に対する弾圧も行われた。その結果、学問の政治批判機能が失われ、軍国主義の暴走をも許したことへの反省が、学問の自由の保障には示されているのである。」という解説があります。
本書には、「人権が人類の歴史の経験と反省に根ざしていること。人権の内容は多種多様であること。現代でも様々な人権問題があり、科学や社会の進展、私たちの意識の変化によって、新たな人権問題が生じていること、人権は弱者が独占的に主張するものではなく、強者にも資する場合があること。人権の主張と公益の主張をどのように調整するのか。それをだれがどのような手続きで判断するのか」などがわかりやすく示されています。新年は本書で人権について考えてみてはいかがでしょうか。
プロローグ 人権問題について考えよう
1 憲法は私たちの「人権」をどのように守ってくれるの?
人権を考えるための基礎知識
2 パパは「日本人」なのに、僕は「日本人」ではないの?
人権享有主体
3 自分の髪型を自分で決めてはいけないのですか?
幸福追求権
4 相続分が子どもによって異なっていたのはなぜ?
法の下の平等
5 国歌は起立して歌わなくてはだめですか?
思想・良心の自由
6 教えに反する授業を休んでもいいですか?
信教の自由・政教分離
7 「お前ら日本から出ていけ」と叫んでもいいですか?
表現の自由
8 薬がネットで注文できなかったのはなぜですか?
職業の自由
9 遺伝子研究で人の運命をかえることができますか?
学問の自由・大学の自治
10 人間らしく生きるってどういうことですか?
生存権
11 私たちが教わったことは、誰かにとって都合のいい事実だったの?
教育を受ける権利
12 バイトを辞めてと言われたら、退職しないといけないのですか?
労働権
13 自分の家なのに出ていかないといけないのですか?
財産権
14 ビラを投稿すると捕まるのですか?
移動の自由・奴隷的拘束からの自由・法定手続の保障・裁判を受ける権利
15 選挙に行く意味はどこにあるのですか?
選挙権
【書籍情報】2020年11月。法律文化社。編者は宍戸常寿。執筆者は宍戸常寿、中野雅紀、稲葉実香、早瀬勝明、白水隆、佐々木くみ、中島宏、梶原健佑、武田芳樹、玉蟲由樹、井上亜紀、栗田佳泰、大西祥世、平良小百合、大西楠・テア。定価は2,300円+税。
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