本書は、Timothy Zickの『THE FIRST AMENDMENT IN THE TRUMP ERA』の邦訳です。原題は、「トランプ時代における修正第1条」といったところでしょうか。修正第1条とは、アメリカ合衆国憲法修正第1条のことで、「合衆国議会は、…言論もしくは出版の自由または人民が平穏に集会…する権利を奪う法律を制定してはならない」(高橋和之編『[新版]世界憲法集 第2版』(岩波文庫、2012年)と規定されています。同条は大統領の行為にも適用され、大統領の行為を制限するというのが多数派の見解です(本書p21)。
トランプ政権は終焉を迎えようとしていますが、ご存じのように、トランプ氏は自身や政権に批判的な意見を述べる者をSNSで脅し、バッシングし、様々な報復を公然と行うといったことを繰り返してきました。それは修正1条の核心的な原理と価値を大きく揺るがし、負の遺産ともいえます。本書では、トランプ政権が修正1条の価値、原理、および目的をどの程度侵害したのかに焦点を当てて、6つの修正1条の問題を解説しています。日本国憲法の表現の自由や良心の自由の問題と比較しつつ読むと多くの発見があります。
本書では、トランプ氏が修正1条の価値と原理を脅かしてきた多くの場面が列挙されています。ホワイトハウスの記者会見からCNNの記者を締め出したり、放送免許の審査取り消しの可能性を示唆して報道に圧力をかけたり、自身や政権に批判的な者を黙らせるよう意図した報復の多くは、菅首相が官房長官時代から行ってきたことを彷彿とさせ、まさに「異論排除」が菅政権の特質であることを物語っています。
いま学術会議の任命拒否が大きな問題となっていますが、安保法制や特定秘密保護法、共謀罪などで政権の方針に「異論」を唱えてきた学者を「排除」するためになされたことは、誰の目にも明らかです。
10月8日、共同通信は複数の政府関係者のコメントとして、政府の方針に異論を述べることを「反政府先導」「反対運動を先導」という表現を使って報道しました。異論排除の態度はアメリカ同様日本でもじわじわと広がりつつあるように思われます。
連邦最高裁は、修正1条の中心的な意味は、どのように批判が辛辣で不快であってもアメリカ人は公職者を批判する自由がなければならないと結論付けてきました。これは日本国憲法21条の保障する表現の自由でも同様であり、異論は民主主義の不可欠な要素です。
本書では、異論を育てるためにとられ得るいくつかの措置についても議論されており、今こそ是非多くの方々に読んでいただきたいと思います。
本書の目次
序章
トランプ時代/自由なプレスと言論に対する挑戦/話し手及び対象としての大統領/各章の要約
第1章 自由で独立したプレス
トランプ大統領とプレスへの「戦争」/自由で独立したプレスの憲法的基盤/修正1条の「プレス」の権利/プレスの自由への法的な支援と法的でない支援/必要だが不完全なプレス/修正1条の「中心的意味」/プレスの維持
第2章 煽動
トランプ時代における煽動、政府転覆、不忠/建国初期における煽動的名誉棄損/戦争と国際紛争の時代における煽動と不忠/不忠と異論/修正1条と煽動/煽動、異論、民主主義の試み
第3章 反正統制原理
国旗、忠誠、信仰/憲法の「恒星」/正統性の棺/正統性と異論
第4章 パブリック・フォーラム
トランプ時代における公的な抗議と異論/異論の民主化/「パブリック・フォーラム」/「パブリック・フォーラム」を管理する/パブリック・フォーラムの維持
第5章 「ヘイトスピーチ」への対処
トランプ時代におけるヘイトスピーチ/「ヘイトスピーチ」入門/「ヘイトスピーチ」と危害/なぜ「ヘイトスピーチ」を保護するのか/政府によるヘイトスピーチのもつ特別な問題
第6章 異論
異論とトランプ時代/異論と民主主義/異論の社会的な利益/異論の過剰な管理/真実と異論/異論の文化を創出・維持すること
【書籍情報】
2020年9月、日本評論社。著者Timothy Zick。田島泰彦 監訳、森口千弘・望月穂貴・清水潤・城野一憲 訳。定価は2,400円+税
【関連HP情報】
浦部法穂の「大人のための憲法理論入門」 第7回 表現の自由の重要性がとくに強調されるのはなぜか?
中高生のための憲法教室 第12回 <「表現の自由」はなぜ大事>