アメリカ合衆国連邦最高裁判事を27年間務めたルース・ベイダー・ギンズバーグ氏が9月18日、87歳で亡くなりました。連邦最高裁の建物には、“EQUAL JUSTICE UNDER LAW”という言葉が刻まれています。彼女はまさにこの言葉の実現のために生涯をかけて闘った法律家でした。弁護士、裁判官として女性の社会進出の礎を築いた彼女は、若者を中心にRBGとして親しまれ、「世界で最も影響力のある100人」のひとりに選ばれるなど絶大な人気があります。トランプ政権の発足により保守化が進むアメリカにおいても、憲法の番人の立場でリベラルな反対意見を出し、注目されていました。
彼女の棺はユダヤ系アメリカ人として、また、公職の女性として初めて議会議事堂に安置されて追悼式が執り行われ、彼女の遺した言葉の数々は書籍、映画をはじめ、様々なメディアにより世界中に紹介されています。
インタビュー形式で彼女の足跡や名言がまとめられた本書は、ネルソン・マンデラ財団のプロジェクトとして、その思想や価値観、業績によって人々を助け、奮い立たせている傑出したリーダーが真に重要と考えていることを記録し、共有するために編纂されたもので、小学校高学年から一人で読めるように工夫されています。
たぐいまれなる慧眼と不屈の精神で数々の障壁を突破してきた彼女の信念や生きざまは、これから進路を決める若い世代だけでなく、困難に直面している多くの人々に、勇気と問題解決の手がかりを与えてくれるでしょう。小さい子には、絵本『大統領を動かした女性 ルース・ベイダー・ギンズバーグ』(汐文社 2018年)をおすすめします。
多くの人々が男女は差別されて当然と考えていた時代。女性弁護士が全米にまだ3%しか存在しない時代に彼女は法曹界を志し、結婚して第1子が14か月の時、ハーバード大学ロースクールに入学。子育てと病に倒れた夫をフォローしつつたゆまぬ努力で法律を学び、極めて優秀な成績で修了します。しかしニューヨークの弁護士事務所はユダヤ人、女性、母親であることでどこも彼女を採用しません。「女性と顔をつきあわせて働くのは不愉快だ」などという理由で司法書記官の職にも就けませんでした。大学教員となった後も「立派な職に就いている夫がいるのだから」という理由で給料を減額されるなど何度も理不尽な経験をさせられます。
転機となったのは、親の介護費用の控除申請で男性が差別されていることに着目して起こした裁判です。根深い差別意識の中でも、この戦略は功を奏し、違憲判決を勝ち取ります。この訴訟までを描いた映画「ビリーブ―未来への大逆転(原題:On the Basis of Sex)」も是非見ていただきたい作品です。
1993年に連邦最高裁判事となった後も、法の下の平等のために闘う熱意は変わりません。
例えば、96年には、創立以来男子しか入学を認めてこなかった州立士官学校に入学を希望する女子の訴えに対して、入学の機会を与えないのは不当であるとする違憲判決を書きます。(※1)また、性別による賃金差別に関する訴訟では、反対意見において法廷意見を批判し、議会に対して最高裁の誤りを正すように求め、実際に議会が動き、立法措置が取られたこともありました。(※2)
大統領選を1週間後に控えた10月27日、トランプ大統領が彼女の後任として指名したエイミー・バレット氏が上院で承認され、最高裁の保守化が進められてしまいましたが、RBGに影響を受けた多くの人々は決して諦めることなく闘い続けるでしょう。
※1 詳しくは、阿川尚之『憲法で読むアメリカ現代史』(NTT出版、2017年)190頁以下参照。
※2 本訴訟の原告の自伝のなかで反対意見が紹介されています(リリー・レッドベター他(中窪裕也)『賃金差別を許さない!』(岩波書店、2014年))241頁以下参照。
【書籍情報】2020年10月、あすなろ書房。編者はジェフ・ブラックウェル&ルース・ホブデイ、訳者は橋本恵。定価は1000円+税
【関連HP:今週の一言・書籍・論文】
今週の一言「保守化する合衆国最高裁判所―ギンズバーグ裁判官の死去と後任人事の展開」2020年10月26日