戦前の凄惨な歴史を踏まえ、日本国憲法が第9条や「平和的生存権」(前文)を根拠に、「戦争」や「軍事的なるもの」からの絶縁を謳っていることは周知の事実です。しかしながら、憲法それ自体は一字一句変わっていないものの、戦後間もなく自衛隊が編成され、その活動範囲は常に拡大傾向にあります。とりわけ集団的自衛権の行使を容認した2014年「7.1閣議決定」、これを法的に裏付ける2015年のいわゆる「安保関連法」が国民の強い反対を押し切って推し進められたことは、記憶に新しいと思います。自衛隊と憲法の整合性や、自衛隊の活動に関するコントロールの在り方等、本来であれば国民とともに慎重に議論を重ねなければならない事柄について、現政権はこれをあまりにも軽視していると言わねばなりません。
2017年の憲法記念日、安倍晋三首相は自衛隊明記を内容とする第9条の「改正」を突如打ち出しました。「『自衛隊は、違憲かもしれないけれども、何かあれば、命を張って守ってくれ』というのは、あまりにも無責任です」、『自衛隊が違憲かもしれない』などの議論が生まれる余地をなくすべき」、「自衛隊を明記しても任務や権限に変更は生じない」等の発言をし、これらを「憲法改正」の理由として挙げています。安倍首相は自衛隊・自衛官の「実態」を梃子に自らの発言を正当化していますが、本書が問題意識として設定しているのは、まさにこのような首相の態度にあります。「そもそも『自衛隊の現状』とはどのようなものなのか。…歴代自民党の政治家は、それほど現場の自衛官を大切にしてきたのか。憲法改正という政治目的を達成するために『自衛官』をダシにするのであれば、それこそ自衛官に対して『無責任』ではないか。」。「その『解答』を主権者市民に提供すること」が、本書刊行の目的です(「はじめに」参照)。
本書の中身は、以上の「問題意識」に忠実で、様々なアングルから当該「解答」を示すものとなっています。「安保関連法」が自衛隊にもたらした変化を実態に即してわかりやすく紹介する論稿や、自衛隊内の人権侵害、防衛大学校内部での人権侵害を具体的なアンケート等に基づいて考察する論稿は、防衛省のホームページや自衛隊の広報活動からは決して知りえない、重要な内容を含んでいます。また、自衛隊明記の「憲法改正」をめぐる法理論や、自衛隊への「立憲主義」的統制の在り方等、原理的な問題を指摘・考察する論稿も収められ、「自衛隊の変貌」の理解をより深めることができます。さらに、2019年の「安保法制違憲訴訟」の経緯や意義等、最新の情報も学べる内容となっています。なお、第4部の「自衛隊の基礎知識」は、自衛隊やこれを統制する国家権力の基本的理解、変遷を確認するために有益な内容です。本書に収められた論稿はいずれも安倍首相による自衛隊明記の「改憲」が説得力に欠き、実効性を持たないことを、自衛隊の実態という観点から学ぶことができます。現政権の「改憲案」を批判的に考察する際の有力な手がかりとなる一冊です。
目次
はじめに
第1部 自衛隊の変貌
第1章 日本国憲法と憲法改正、自衛隊………飯島滋明
第2章 日米安保と自衛隊―「ガイドライン」の移りかわりから見る………前田哲男
第3章 自衛隊と「文民統制」(シビリアンコントロール)………飯島滋明
第4章 憲法改正をめぐる政治動向………伊藤真
第5章 防衛省・自衛隊の広報・宣伝活動の方法と特徴………飯島滋明
第2部 「海外派兵」型自衛隊の現実
第1章 自衛隊の実態………前田哲男
第2章 安全保障関連法と自衛隊海外派遣………半田滋
第3章 安保法制違憲訴訟の意義と歴史的使命―安保法制違憲訴訟で平和憲法の死守を………寺井一弘
第4章 戦争法のもとで殺し殺される自衛隊に―陸上自衛隊第10師団の訓練からの考察………城下英一
第5章 南スーダンPKO派遣差止訴訟から見えるもの………池田賢太
第6章 南西諸島の自衛隊配備―「平和主義」的視点からの考察を中心に………飯島滋明
第3部 自衛隊員・自衛官の現実
第1章 自衛隊内の人権侵害―自殺、いじめ問題の解決は軍事オンブズマン制度で………今川正美
第2章 「世界一の士官学校」をめざす防大の教育………佐藤博文
第3章 なぜ、女性自衛官の活躍を推進するのか………清末愛砂
第4章 自衛隊の市民監視をめぐる裁判………中谷雄二
第4部 自衛隊の基礎知識
1 自衛隊のあゆみ
2 自衛隊の待遇
3 防衛計画の大綱
4 自衛隊の戦力比較
5 内閣・防衛省・統合幕僚監部の関係
6 防衛・自衛隊に対する各政党の考え方
7 自衛隊のHPを見てみよう
8 世論調査から見る自衛隊・防衛問題
9 近所の自衛隊基地を見てみよう
おわりに
【書籍情報】2019年9月、現代人文社。飯島滋明・前田哲男・清末愛砂・寺井一弘編著。定価は1800円+税