本書は1997年に第一版が出版され、22年の間に版を重ねてきた定評のある憲法判例解説書です。想定されている読者層・使われ方は「大学低学年向けの授業テキスト」、「3、4年生向けのゼミの教材」、「法科大学院生の『未修者』の方々の自習用」等とされていますが(本書「この本を読む前に」参照)、日常生活に潜伏する問題を「憲法問題」として認識する手がかりとなる事例が集められ、これらがわかりやすい文章で整理・解説されているため、多くの人にとって憲法のおもしろさを味わうことができる一冊だといえるでしょう。
具体的な内容として、本書の前半においては、憲法制定当時には想定されていなかった所謂「忘れられる権利」や「性同一性障害の自由」等、「新しい権利」とも呼び得る最新のケースがカバーされています。こうした事例から「憲法問題」が旧くて遠い話ではないことを実感することができます。後半では、憲法上の権利として明文規定されている古典的な基本的人権が争点となった事例が扱われています。「剣道受講拒否事件」や「老齢加算廃止事件」等がその一例ですが、こうした事件も訴訟当事者の方々が様々な負担を乗り越えて裁判所へと持ち込まなければ「憲法問題」とならなかったかもしれず、今後生じ得る新たな「憲法問題」や基本的人権をとりまく「試練」を乗り越えるための足掛かりになるものです。その意味で、こうした事例は何度も振り返り、再考しなければなりません。
いずれの事例も、原告やこれを支える方々の「不断の努力」(日本国憲法第12条)の発露ともいえます。本書は憲法の基本的判例を学習できることは言うまでもなく、それに加えて身の回りの出来事に実は憲法が密接に関係していたことを知り、社会をこれまでとは違った視点で眺める一助になるほか、こうした訴訟に関わった人々の「権利のための闘争」へと想いを馳せることにより、人権それ自体について改めて考え、理解を深める契機ともなる一冊です。
目次
Part 1 自己決定権
障害者の自由
母親となる権利
同性愛の自由
性同一性障害者の自由
再婚の自由
治療拒否の自由
ダンスの自由
ポルノ鑑賞の自由
Part 2 新しい人権
忘れられる権利
プライバシー権
平和的生存権
景観権
嫌煙権
自然の権利
氏名に対する権利
自己情報開示請求権
Part 3 元祖・基本的人権のいま
平等権
思想良心の自由
信教の自由・政教分離
表現の自由
職業の自由
生存権
職業選択の自由
参政権
【書籍情報】2019年9月、有斐閣。著者は棟居快行、松井茂記、赤坂正浩、笹田栄司、常本照樹、市川正人。定価は1900円+税。