「10人の真犯人を逃すとも、1人の無辜を罰するなかれ」という有名な法格言があります。無実の人が処罰されてはならないという、刑事司法の大原則です。また、日本国憲法は多くの条項を割いて刑事手続きにおける被疑者および被告人の権利=「人身の自由」を保障しています。巨大な国家権力を警戒し、これにいわば剥き出しで対峙せねばならない個人を手厚く保護することで、冤罪を予防しているのです。しかしながら、現実の日本社会においては、これらの原則を没却した数々の痛ましい冤罪が発生しています。
本書は「冤罪についてより掘り下げた分析と情報を提供し、冤罪救済への動きを具体的・現実的に進める誘因を作」ることを目的として企画されました(「創刊の辞」参照)。担当弁護士等によって日本における個々の冤罪事件に関する経緯や状況、争点等が写真や図表が用いられながら紹介されており(本書では合計20の事件が扱われています)、各事件の課題や展望、そして刑事司法の実態を知ることができます。また、刑事法研究者や弁護士、元検察官(現職・弁護士)、元裁判官(現職・弁護士)による冤罪事件の動向を分析する座談会や、冤罪事件の当事者やこれを支える方々の論考も収められています。いずれも刑事司法の深刻な問題点が分析され、改革の在り方を考えるための刺激的かつ有益な素材です。
本書の終盤には、「袴田事件」および「大崎事件」の資料(各種決定全文や弁護士の「異議申し立て書」など)も掲載されています。なお、当研究所所長・伊藤真も「冤罪と憲法」と題し、憲法の観点から刑事司法の在り方を説いています。
冤罪事件は我が国の刑事司法の問題である以上、「他人事」では決してなく、私たちすべての市民が「当事者」であることを、本書を通じて再認識することができます。冤罪の被害者全ての人に対する早急な法的・社会的な救済と再発の予防に向け、私たちは日ごろから冤罪事件をなくすためのアプローチを思案しなければなりません。本書はそのための最新かつ有力な手がかりであると言えます。
<内容>
創刊の辞 村井敏邦
Ⅰ 「冤罪白書」にのぞむ
周防正行・新田渉世・金 聖雄・伊藤 真・山田悦子・江川紹子・小堀繭子・平岡秀夫
Ⅱ 創刊座談会
「主要再審事件を通じて ――今日の動向と分析、解決の方向性」
村井敏邦・木谷 明・西嶋勝彦・白取祐司・福崎伸一郎・市川 寛・戸舘圭之
Ⅲ いま、闘われている冤罪事件
(1)松橋事件 (2)恵庭事件 (3)北陵クリニック事件 (4)狭山事件 (5)小石川事件
(6)三鷹事件 (7)鶴見事件 (8)袴田事件 (9)天竜林業高校事件 (10)豊川事件
(11)福井女子中学生殺人事件 (12)名張事件 (13)湖東記念病院事件
(14)日野町事件 (15)和歌山カレー事件 (16)姫路郵便局強盗事件 (17)マルヨ無線事件
(18)飯塚事件 (19)菊池事件 (20)大崎事件
Ⅳ 論稿
訴因変更と冤罪事件 白取祐司 検察官控訴の実態 市川 寛
無罪判決の状況 福崎伸一郎 大崎事件・最高裁決定を批判する 鴨志田祐美
Ⅴ 当事者・家族・支援者が語る
対談/櫻井昌司・青木惠子 小石川事件 伊原康介 湖東記念病院事件 西山美香
北陵クリニック事件 守 祐子 袴田事件 笠井千晶
名張事件 稲生昌三 福岡事件 古川龍樹
Ⅵ 資料編
袴田事件/地裁・高裁決定の比較検証 水野智幸 大崎事件/最高裁決定(全文)
大崎事件/弁護団「異議申立書」(全文)
大崎事件/弁護団「異議申立に関する申入れ」(全文)
Ⅶ 最新のトピック
再審請求権と死刑事件/豊崎七絵 人質司法をやめさせるには/村井敏邦
めざせ!再審法改正/客野美喜子 刑事再審法改正運動のご報告/八尋光秀
えん罪救済センターの活動/笹倉香奈 アメリカにおける冤罪救済/笹倉香奈
台湾における冤罪事件に対する取組み―3つの要因にまとめて/李 怡修
私はやっていない。私は無罪。」/徐 自強
【書籍情報】2019年10月、燦燈出版。編集は『冤罪白書』編集委員会。定価は2000円+税。