阪神・淡路大震災の際、被災者個人の生活再建のための法整備はなされていませんでした。さまざまな提案や要求は、「個人補償はできない」という論理で否定されました。本論文は、地震、津波など自然災害に遭遇した方々の生活再建は憲法に基づく基本的人権であることを明確に主張して注目されました。翌年に制定された被災者生活再建支援法を後押しした論文です。
「個人補償はできない」という論理は、この支援を財産的要求に対する「補償」(憲法29条3項)の要求として捉えるものでした。自然災害は国・自治体の適法な行為に基づく「特別犠牲」ではないので、「補償」できないという理解です。これに対して筆者は、憲法13条の「個人の尊重」原理から権利性を根拠づけました。但し、「個人の尊重」原理には「自己責任」の原則が付随しています。すると、生活再建も「自己責任」だということになりかねません。しかし、自己決定・自己責任は、個人が自立して生きていけるという前提があってはじめて出てくる原則ではないか、震災の場合はどうなのか、ということを丁寧に論じています。
さらに、憲法で規定している「公共の福祉」の「公共」について、全体の「公」領域の問題と個人の「私」領域の問題を全く別個の領域の問題として「公」を「私」に優先させる考え方に立つと、個人の生活再建に公金を出すことは否定的になります。しかし、「公共の福祉」は「個人の尊重」、すなわち、1人ひとりの個人すべてが人間らしく生活できるということとつなげて考えるべきではないか、人権と対立するものと捉えるべきではない、というのが筆者の主張です。アメリカや中国における「公共」「公」と日本語の「おおやけ」を対比して説明するなど、本論文は憲法の根本の思想を深く説いています。
東日本大震災で適用されつつある被災者生活再建支援法とその運用は、憲法の理念に照らして果たして十分なものか、憲法の基本から今ここできちんと考えたいものです。
【論文情報】「自由と正義」1997年8月号所収 執筆は浦部法穂氏
* 阪神・淡路大震災をきっかけに被災者生活再建支援法は制定された。生活協同組合などが自然災害の被災者への支援や保障を求める市民運動を展開し、1998年に議員立法により成立した。
<法学館憲法研究所事務局から>
当研究所は11月3日(木・祝)にシンポジウム「震災と憲法」を開催します。ここで浦部法穂顧問が「被災者支援と震災復興の憲法論」と題して講演します。こちら。
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