検察官は罪を犯した人に刑罰を課す役割を果たさなければなりません。そして裁判官はその人の刑を確定しなければなりません。罪を犯したとされる人が周りからどんなに同情される場合にもです。布施辰治(1880年〜1953年)はそのような検察官・裁判官の役割よりも刑事被告人の権利を守り、無辜が罰せられることを防ごうと、司法官試補を辞任し、弁護士になりました。そして無実の被告人の無罪判決を獲得していき、刑事弁護人として評価をされるようになっていきました。布施辰治の弁護活動は策を弄するものではなく、事実にもとづく理詰めのものであり、そして被告人との信頼関係に依拠するものでした。布施辰治はとりわけ死刑を求刑される被告人の弁護に情熱を燃やしました。布施辰治は社会的弱者の弁護にも力を入れるようになり、朝鮮人の権利を守る活動にもたずさわるようになっていきました。 強烈な個性を持つ布施辰治は、戦前から戦後にかけての激動の政治情勢や無産者政党や大衆運動をめぐる動向の中で、他の人権派弁護士たちとは微妙な関係にありました。それは、布施辰治の弁護士としての評価を低めるものではなく、常に筋と信念を貫こうとした人生のなせる業だったと思われます。 この本の著者・大石進さんは布施辰治の孫にあたります。大石さんは、布施辰治が必要以上に英雄視されることは適当でないと述べ、やや安直な言動も明かしますが、それが布施辰治という人間の魅力をより浮き立たせているようにも感じます。 布施辰治は日本の敗戦と朝鮮の独立回復にあたって、それぞれの新憲法案も提起しました。日本の新憲法案については天皇制に対する布施辰治独特のとらえ方が反映したものとなっていますが、当時の日本社会をめぐる問題状況を理解する上でも興味深いものです。 ドキュメンタリー映画「弁護士 布施辰治」(2010年5月完成)を観て、あわせてこの本を読むことで、今を生きる者として布施辰治という人間から多くのことを、そして大切なことを学ぶことになるでしょう。 【書籍情報】2010年3月、西田書店から刊行。価格:2300円(消費税込み
2415円)。著者は大石進さん。 |