6月19日、衆議院の特別多数による再議決で、「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律」(海賊対処法)が成立しました。この法律が施行される今月24日ごろには第2次の派遣部隊となる海上自衛隊の護衛艦「はるさめ」と「あまぎり」も現地に到着する予定で、海賊対処にあたります。この論文は、海賊対処法の重大な問題点―従来の法律とどこが違うか―を分かりやすく簡潔に紹介しています。筆者は、自由法曹団ソマリア・海賊プロジェクトの責任者で、軍事問題に詳しい田中隆弁護士です。
この法律によって、憲法9条が禁止している「武力行使」を、一定の要件のもとに自衛隊が直接実行することが可能になりました。イラクにおける航空自衛隊の米軍の空輸や、アフガニスタンに向けてのインド洋における海上自衛隊の給油等は、後方支援でした。今度は、直接の戦闘行為が期限の定めなく、かつ地理的な限定なく可能になったという点で、質的な転換であり、極めて重大な局面を迎えています。海賊対策という点では、かねてから政府が追求してきた恒久法です。論文は、この法律の目的が、日本の国益の擁護をはじめて堂々と掲げたこと、「世界の憲兵」として先制攻撃と共同作戦を可能にしたこと、国会は内閣の関与も限定的にしていることなどに警告を発しています。
自衛隊の活動のこのような重大な質的拡大を国民に大きな反対運動もなく可能にしたのは、「海賊」に対する警察活動、すなわち私人に対する治安対策だという理屈です。従来の政府の見解によれば、9条が禁止している「武力の行使」は、「国または国に準ずる組織」であるから、この法律は9条の枠外にあることになります。
これに対して筆者はさまざまな角度から反論をしています。まず、国連安保理決議が提起し、各国の軍隊が展開する海賊掃討作戦は、従来の政府見解に立っても違憲ではないかという問題です。さらには、9.11事件以降の紛争は、従来と異なり、「非対称」の組織によってなされており、これに対して武力行使することは9条を骨抜きにする危険があるのではないかと指摘しています。また、戦前の満州国における「匪賊討伐作戦」や華北占領後の戦闘行為のような行為は、「国に準じる組織」相手ではないから許されることになるのではないかなど、具体例は説得的です。
筆者は、「問題の根底には、現代の軍事と治安、軍事行動と警察活動をめぐる混乱が介在している」として、この新しい情況が提起している大きな問題を直視して、憲法の理念を及ぼす必要を強く訴えています。
【論文情報】執筆者:田中隆 雑誌『憲法運動』7月号所収 定価 400円(税込み)
<事務局より>
法学館憲法研究所は、7月25日(土)の公開研究会にて、「治安政策と憲法−『海賊対処法』を素材に」と題して村井敏邦教授の講演と浦部顧問のコメントを企画しています。軍事と治安の関係について、じっくり考えてみませんか。
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