<コメント>ビキニ事件を知っていますか
大石又七(第五福竜丸元乗組員・ビキニ水爆実験被爆者)
日本人でも、この事件の内容を知っている人がどれだけいるだろうか。おそらく90パーセントの人が知らないと思います。
1946年から67年まで、アメリカ軍は太平洋マーシャル諸島のビキニとエニウエトク環礁で67回の原水爆実験を行い、20世紀最大の地球環境汚染を引き起こしています。
中でも54年3月1日の広島型原爆のおよそ1000倍といわれる巨大な水爆実験は、あの広い太平洋や大気圏を強力な「死の灰」放射能で汚染しました。
この汚染を世界中に知らせるきっかけを作ったのが、実験場から160キロ離れたところでマグロ漁をしていて被爆した私たち第五福竜丸です。ガンなど引き起こす27種類もの強力な「死の灰」放射能が、船上に雪のように降り積りました。その灰を持ち帰ったことから地球上の汚染が発覚し世界中が大騒ぎになったのです。その灰にはアメリカの最高軍事機密である水爆の構造まで含まれていました。被爆した船は福竜丸だけではありません。厚生省が認めただけでも856隻、およそ1000隻に及び2万人近くが被爆しています。
太平洋に降り注いだ「死の灰」は大量の魚を汚染し、捨てられたマグロは半年間で457トン。刺身にして250万人分と言われています。大気圏に上がった放射能は何千、何万カウントの雨や雪を地球上に降らせました。東京には1万2000カウント、京都には何と8万6000カウントの雨が降っています。
しかし、この大切な意味を持つ事件を、日米政府はわずか9ヶ月で国民や被害者の頭越しに補償もしないで政治決着を結んで、ふたをしてしまいました。その結果どうなったでしょう。核兵器は10数カ国に拡散し3万発の核弾頭となって人類を脅かしています。
その後、福竜丸では半数の12人がガンなどを発病して亡くなりました。私もガンを発病し、最初の子どもは死産で奇形児という口惜しい思いもしています。核実験が及ぼした被害は計り知れません。核の脅威は世界中に広がり、翌年の1955年には原水爆禁止世界大会が開かれ、核絶滅を訴えたラッセル・アインシュタインの宣言。さらに部分的核実験禁止条約、大気圏内の核実験が禁止されるというようにつながったのです。
この、ふたをされたビキニ事件には、驚くような政治の裏が潜んでいました。隠されていた、それらの資料が30年、40年たってアメリカ公文書館や日本の外交機密文書の中から浮かび上がってきました。
国民の強力な核実験反対運動には、日米の影の仕掛け人たちが必死になって反対運動の矛先を変えています。また外務省が被害額を賠償させずに事件を忘れさせる方法をアメリカ大使に進言しています。そしてなおかつ、水面下でそれらを取引材料にして原子力技術と原子炉を要求し受け取っています。被爆当事者としては許せません。まるで人柱です。
これらの資料を本にまとめ、どうしても皆さんに知ってもらおうと昨年「ビキニ事件の表と裏」として出版しました。
被爆以後、15年間一切口をつぐんで隠れていましたが、核兵器の脅威は増すばかり、仲間たちは口惜しい思いを胸に秘めたまま、小さくなって死んでいくのを見送っているうちに、やはりこの悲劇は私たちだけのものではないと思うようになり、発言するようになりました。
世界の指導者のみなさん。もうそろそろ核兵器の怖さに気がついてください。それでないと、国もあなたの家族の命も失うことになると思います。
|