マルクス・エンゲルス、と聞くと今の若い世代の人はどんなイメージを持つのでしょうか。私の学生時代、文庫本の「共産党宣言」も開いたことのない人間は、政治の論議の出発点に立つ資格もないと言われるような時代でした。社会を改革していこうとする学生のひとつの常識でもありました。
しかしその頃でもマルクス、エンゲルスにどのようなイメージを持っていたかと思い返せば、立派な髭を蓄えた難しそうな表情の彼らの横顔のイメージくらいしかありません。
もちろん彼らがその後、帝国主義、資本主義に対抗し、世界を二分するマルクス主義、すなわち共産主義の思想をつくった人たちであると認識していましたし、革命家、変革者としての彼らを尊敬していました。
しかしながらマルクスやエンゲルスがどのような情動からその思想や理論、そして労働者運動を作り上げていったかについて知っていたかと言えば、思い当たりません。
この映画が、多くの伝記物にあるように、「彼らがその道を選んだ動機」の部分が明らかになるのかと期待するのであれば、それはこの映画からはあまり明解にされません。
映画を見て印象に残るのは、彼らが出発点として経済的に裕福な家に育ったということと、それでもあえて、そうした自分の状況を投げ捨てて、「運動」の中に飛び込んでいったこと、いくつかの立ちはだかる困難にも負けず粘り強く闘い続けたことなどです。そして彼らの「運動」に理解を示したパートナーの協力・協同によって、彼らの思想なり運動なりが確かなものになっていったということです。
生まれ、育ちがそのように恵まれたものであっては、虐げられた労働者階級の運動の思想の担い手とは言えない、と言うつもりはありません。事実、彼らが作り上げた思想が、当時、横暴をきわめた資本主義に対して労働者を勝利に導き、多くの人の生活を救い、変革を成し遂げさせました。だからこそ、今、より積極的に自由と変革にあらためて目を向けていくように考えたいと思う人にとっては、そうした運動に飛び込み、困難に打ち勝ち、粘り強く闘い続ける彼らの情動、モチーフ、モチベーションがどのようなものだったかを知りたいのです。
今、この映画を見る観客の多くがこの映画に求めているものは何なのでしょうか。
ラウル・ベック監督はそのインタビューの中で「本作は若者のために製作し、その反応も素晴らしいものだった」と何度も語っています。この映画の作り手は、何を若者に伝えたいと思って、この映画をつくろうとしたのでしょうか。
「若き日の」マルクス・エンゲルスに、社会変革に苦闘している今の自分たちと同じものを感じたからでしょうか。あるいはいまの無気力で変革に目が向かない若者たちに、目ざめ、立ち上がれという励ましを送っているのでしょうか。
イメージが思想や理論よりも先行しているのがいまの若者の状況でしょう。
少なくとも「マルクス主義」は、その時代時代の資本家や権力者が、「革命をめざす暴力主義」「体制を脅かす危険思想」とイメージを作りあげ、若者たちから遠ざけようと宣伝してきたものです。そうしたイメージ戦略よりも、この映画で自分たちと同じ若きマルクスをはじめて知った若者のイメージの方が、より共感と親しみと強い意志を感じるものになることになるでしょう。
自分たちを取り巻く状況を見つめ、その矛盾を解決する方法を探す若者たちが、マルクスやエンゲルスたちがやってきたことに共感し、彼らがどうしてそう考えたか、その思想を知りたくなるきっかけになれば良い、ということでしょうか。
この映画は、(若者でなくても)今の時代を見つめ、とらえ、同じように社会に対して変革と自由を求め、自分の生き方を考えていく人へは、優れた教材になり、励ましになるでしょう。
【スタッフ】
監督:ラウル・ペック
製作:ニコラ・ブラン レミ・グレレティ ロベール・ゲディギャン ラウル・ペック
脚本:パスカル・ボニゼール ラウル・ペック
撮影:コーニャ・ブラント
編集:フレデリック・ブルース
音楽:アレクセイ・アイギ
【キャスト】
アウグスト・ディール(カール・マルクス)
シュテファン・コナルスケ(フリードリヒ・エンゲルス)
ビッキー・クリープス(イェニー)
オリビエ・グルメ(ジョセフ・プルードン)
ハンナ・スティール(メアリー・バーンズ)
アレキサンダー・シェーア(ヴィルヘルム・ヴァイトリング)
ハンス=ウーベ・バウアー
ミヒャイル・ブランドナー
イバン・フラネク
ペーター・ベネディクト
ニールス・ブルーノ・シュミット
マリー・マインツェンバッハ
2017年制作/フランス・ドイツ・ベルギー合作/118分
オフィシャルサイト:http://www.hark3.com/marx/
予告編:https://www.youtube.com/watch?time_continue=108&v=6t5on9lZOJw
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