不思議な気持ちになってくる映画でした。
都会の生活からこの雪深い山村の「生活」に、何か求めるものがあって住み着いた人々と、この地にずっと生き続けてきた人々が織りなす不思議なコミュニティ感覚、「生活」と言いましたが、ここではむしろ「暮らし」という方がふさわしいのかもしれません。
山村での暮らしは、何事にも便利な都会の暮らしとは違って、ここで暮らすためのすべての作業を自分で、あるいは自分たちでやらなければならない。その作業の一つ一つはどれもなかなか大変なことですが、新しく住み着いた人々にとってはその都度、新しい発見があります。それなりに楽しくて仕方がない、少なくともそんな表情が見えてくる作品です。
山村の四季はうっとりするほどに美しい。3メートルを超す積雪をはじめ自然は過酷ではありますが、人々の暮らすための仕事は、大変だけどおもしろそうだし、それをみんなでやることは楽しそうだ、ある意味うらやましくなる、そんな気持ちにさせる映画です。
かれらはしょっちゅう集まって飲み食いしているようです。地元で取れたものを昔ながらのやり方で調理して、それを肴に大声で話し、得意のカラオケで歌い、太鼓をたたき、何だかよくわからないけど楽しそうな騒ぎっぷりです。
たいてい、おじさんやおばさん、おじいさんやおばあさんが酒を飲んで大声で話をしてたり、カラオケで演歌を歌ってたりの画面が延々と続くと、それだけで、「やってられないわ」「ついて行けない」と退散したくなるのですが、この映画ではいつの間にかそんな画面にさえ引き込まれて、いっしょににやにやしたり、うなづいていたりしてしまう映画なのです。
(「酒飲み」はある意味でこの映画の裏テーマなのかもしれません。そういえば映画の冒頭の雪の中の朗読劇、狐の幻灯会で「お酒を飲んで酔っ払った太衛門さんが…野原にある、へんてこなおまんじゅうを食べました」という話から始まるのが暗示のようでもあります)
いっしょに働いて、一緒にたいへんな作業をしてそのご褒美のように飲み会をしている、逆に言えば、その後の飲み会が楽しみだからたいへんな仕事もつらいとは感じないといったような共同作業をやった後の打ち上げ、こだわりのない開かれた表情、笑顔の秘密がそこにあるかのようです。「茅葺きが一人で葺けるもんだったら、あんまり楽しくないですよね、やんなっちゃうしねぇ。みんなでわいわいしながらね、できるつうことが、気持ちがいいんですよね、なんか気持ちがいいんですよ」
山羊を巡る二つのエピソードでも、それが感じられます。誰も何も言わないけれども思っていることは同じ、やらなきゃならないことだ。それが冷たい雨の降る遠目の画面から伝わってきます。
映画を見て、ずうっと感じ続けた「不思議な魅力」の秘密、その答え。
きっと、おじさん、おばさん、おじいさん、おばあさんが笑っている顔が多いからなのでしょう。美しいとは言いがたいけれども引き込まれます。
この映画がとらえた、村に生きている人たちの笑顔、それは何にもとづいているのでしょうか。いっしょに生活して助け合える仲間がいること、ここで暮らすためにいっしょに働く時間を共にしてきた、いまも時間のある部分を共にしている仲間がいるからでしょうか。
2時間あまりこの村での人々の生活と仕事を見ていくうちに、人に言われて、人に評価されてやっていく仕事ではなくて、大変だけれどやりたいようにやっている仕事ぶりを見ているうちに、田舎にはおもしろいこと、豊かなものがきっといっぱいありそうだ、という気にさせていきます。
きびしい山村で暮らすためのさまざまな共同作業は、イタリアの農村の淡々とした生活を追った『木靴の樹』という映画を思い出させます。
親や祖父母の世代とその生活を思い返す人もいるでしょう。
私は田舎の親の実家に盆や暮れに連れられて行かれた時のことが思いかえしました。正月や祭りの準備のために集まって働いていた大人たちの姿をこわごわ見ている時の子どものような気持ちになっていました。
ああいう生活も、いま自分たちの生活にない何かがありそうだ、振り返って自分の生活や生き方を考える人もいるでしょう。
いろいろなことを感じさせる、思い起こさせる新鮮な映画でした。
【公式ホームページ】
http://kazenohamon.com/
【予告編】
https://www.youtube.com/watch?v=tEMjSS0G_vM
【映画情報】
監督 小林茂
撮影 松根広隆
現場録音 川上拓也
音響 菊池信之
プロデューサー 谷田部吉彦
プロデューサー 長倉徳生
編集・アソシエイトプロデューサー 秦岳志
編集協力 山崎陽一
配給:東風
【上映情報】
2016年3月19日(土)ユーロよりスペースほか全国順次ロードショー
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