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書籍『司法と憲法9条—自衛隊違憲判決と安全保障』

M.I

 1973年9月7日、戦後初めて、そしてただ一度だけ、自衛隊を違憲とする判決が下されたことがあります。長沼ナイキ基地訴訟一審判決です。今となっては、夢のようですが、確かに存在した裁判でした。司法がまだ「生きていた」時代だったのです。その頃はどのような時代だったのか。本書の第1章「『異議申立て』の時代」でそれがわかります。
 その時代は、激動の1968年から始まります。ベトナム戦争は泥沼化し、3月にベトナムのソンミ村で住民約500人がアメリカ軍に虐殺される事件がおきます。4月には、黒人運動のリーダーだったキング牧師がアメリカで暗殺されます。5月には、フランスでパリ中心部を学生ら約2万人が占拠した「パリ五月革命」が勃発します。8月にはソ連を中心としたワルシャワ条約機構軍が、チェコのプラハに戦車を送り込み「プラハの春」を圧殺します。日本では10月の国際反戦デーのデモが激化し、「新宿騒乱事件」が起き、騒乱罪が適用されました。大学紛争の季節でした。
 1969年1月、全共闘の学生らの占拠していた東大安田講堂に機動隊が突入します。「安田砦」の陥落でした。翌70年6月に日米安保条約は、10年間の期限を迎え自動延長となります。その年の11月に起きたのが三島事件でした。作家の三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊に乱入し、自衛隊の決起を呼びかけた後、割腹自殺をします。71年には東京都知事選で美濃部亮吉が圧勝、大阪府知事選でも憲法学者の黒田了一が初当選し、革新系知事は東京、大阪、京都を占め、全国に革新系首長が誕生します。このような時代に起きたのが長沼ナイキ基地訴訟でした(1969年7月7日提訴)。北海道札幌郊外の長沼町の国有林を保安林から除外して、地対空ミサイル「ナイキ」の基地を作る国の計画に反対する農民らが提起したものでした。一人の裁判官が司法と政治権力のせめぎ合いに翻弄され、日本国憲法の「裁判の独立」が問われる大事件になっていきます。
 第2章「長沼裁判と平賀書簡問題」は、もっとも読み応えがある章です。長沼裁判の第一審を担当したのが札幌地裁の福島重雄裁判官です。この福島裁判官に札幌地裁所長の平賀健太から異例の書状が届きます。そこには裁判所も国側の判断を尊重すべきことが書かれていたのです。福島の日記です。「明らかな裁判干渉だ。怒った。俺は怒った。何たることだ。」明らかに憲法76条3項の「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」とした「裁判官の独立」を侵害するものでした。
 その後、最高裁判所は、平賀所長を注意処分とし、東京高裁に転任させます。この事件は、事件そのものから福島裁判官の属していた青年法律家協会(青法協)への批判に及び、裁判史上異例の国(法務省)による福島裁判官の忌避申立て、石田和外最高裁長官の思想統制めいた発言、国会の裁判官訴追委員会による福島裁判官への訴追猶予の決定(平賀所長は不訴追)、札幌高裁による福島裁判官への口頭注意処分と怒涛の展開を始めます。
 第3章「司法の危機と自衛隊違憲判決」では、青法協の裁判官に対する再任拒否など「裁判官の独立」に対する凄まじい弾圧が描かれます。こうして司法は死んでいったのかと暗澹たる気分になります。
 そして運命の1973年9月7日の判決です。福島裁判長は、まず、ミサイル基地は「一朝有事の際にはまず相手国の攻撃の第一目標になる」から原告らの「平和的生存権」が侵害される危険がある、ということから、原告住民の訴えを認めます。憲法前文にある「平和のうちに生きる権利」を法的に意味のあるものと認めたのです。そして判決は、憲法の永久平和主義からすれば、陸海空自衛隊は明らかに軍隊であり、憲法9条2項によってその保持を禁じられている「戦力」に該当すると認定しました。
 第4章「『GNP1%』の源流と四次防」、第5章「中曽根政権まで」は、長沼判決の後日談と当時の政権が推し進めていく防衛政策が述べられます。長沼裁判控訴審判決は、1976年8月5日、ロッキード事件で世相が騒然とする中で下されます。原告らに訴えの利益なしとし、一審判決を取り消し、訴えを却下するものでした。そして1982年9月9日、最高裁判決です。最高裁第一小法廷は、保安林解除による水害や渇水の危険性はダムなどの代替施設で解消され、「訴えの利益は失われた」として二審の却下判決を支持し、上告を棄却しました。
 本書は、裁判と同時並行で、当時の福島裁判長の日記が引用されているために臨場感溢れる優れたドキュメンタリー時代史となっています。戦後民主主義のターニングポイントとなった「あの頃」のことを、もう一度振り返りたい読者にも、「あの頃」のことを知りたい読者にもぜひ手にとってほしい教養書です。

【書籍情報】

2017年5月に日本評論社から発行。著者は永井靖二朝日新聞編集委員。定価は1900円+税。

【関連書籍・論文】
福島重雄、大出良知、水島朝穂『長沼事件 平賀書簡』(日本評論社)
守屋 克彦『日本国憲法と裁判官』(日本評論社)
石松竹雄『気骨—ある刑事裁判官の足跡』(日本評論社)
生田暉雄『最高裁に「安保法」違憲判決を出させる方法』(三五館)

<事務局からのお知らせ>
福島重雄さんには、「市民の司法」「連続講演会 日本国憲法と裁判官」で講演をしていただいています。




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