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書籍『国家・個人・宗教―近現代日本の精神』

K・T

「靖国参拝は、宗教施設を利用して愛国心をたきつける政治家のパフォーマンスである。」(序章p.11)「現在の教育が病んでいることは事実である。なぜであろうか。それは(改正前)教育基本法の精神を実践していなかったからである。」(p.175)

前回当欄でご紹介したとおり、靖国史観検証の際に河相一成教授が引用されていた『靖国神社「解放」論』の著者、稲垣久和教授の近著『国家・個人・宗教―近現代日本の精神』を、今回とりあげます。冒頭の本書引用からもお分かりのとおり、著者のスタンスは明快です。本書は、昨今日本の政治状況における“民主主義の危機”に対する著者の問題意識から書き起こされています。
ただし、本書著者のアプローチは、これまで当欄でご紹介してきた著作物のそれとは、いささか趣が異なります。それは、哲学を専攻され、宗教と公共哲学とのかかわりを探求してこられた著者ならではの視点です。

本書を読み解くキーワードは、私見ながら(1)自我の再生・スピリチュアリティー、(2)市民社会の形成・活私開公、(3)公私二元論から公・私・公共の三元論へ、(4)領域主権論と公共圏、にあると思われます。特徴的なのは、市民社会の形成には、異質な他者を受け入れる寛容さが求められ、その寛容さを育むのに「自我の再生」を促す宗教が重要な役割を果たす、と述べられていることでしょう。ここで注目すべきは、「愛国心」教育につながる“擬似”宗教教育とは峻別され、「国家=公」に一元的に回収される「滅私奉公」ではない、「市民社会=公共」に資するための「活私開公」に至る宗教教育が重視されていることです。

著者はこのような立場から、“憲法の読み直し”が必要である、と説いておられます。「戦後六十年余たった時点で、近年に展開されている公共哲学の議論をもとにして、筆者の観点から市民社会論を再構成し、二十一世紀の日本のあるべき姿を構想しようとする試み」として「個人と国家の中間に『市民社会』をはさんで考える」「『公私の二元論』から『公、私、公共の三元論』への視点の移行」(p.112〜113)を問題提起され、現憲法20条や21条における人権の無条件性と明治憲法28条の比較、そこから進んで自民党新憲法草案20条3項の問題性を明らかにしています。また現憲法12条と13条の価値を示しながら、自民党新憲法草案12条、13条、29条においては「『公共の福祉』が『公益及び公の秩序』に置き換えられている。」(p.117)ことに注意を喚起されます。

ここに「公共の福祉」の担い手が問題とされ、「現憲法の国民主権の概念をもっと深める必要」(p.138)があるとして、著者は「『領域主権』という概念」(p.139)を提起されます。領域主権とは、「(国籍を超えた生活者住民としての)『市民』をさらに生活領域の問題関心によってつながった、NPO・NGOなど多様なグループにまで広げ、これらが責任を持った主体として参画するような仕組み」(p.140)と説明され、「現在の国民主権論を『公共の福祉』の側からこのように再解釈することによって、憲法的にも意味ある概念として作り上げたい」(p.140)という著者の主張の核をなすものです。

「公・私・公共」の三元論に立つ公共哲学の理論は、現実にNGOの活動を支え促し、また、これらの実践活動が現代社会において量質ともに拡大進化する中で、公共哲学もより発展してきたのではないでしょうか。次回、当欄では長坂寿久氏著『NGO発「市民社会力」』をとりあげ、NGOの果たす役割と機能、そして憲法とのかかわりを考えてみたいと思います。

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【書籍情報】稲垣和久著 講談社現代新書 2007年12月 (定価 本体720円+税)

 

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