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書籍『個人と国家――今なぜ立憲主義か』

K・T

 「『個人』を出発点とし、人びとの契約でつくり出した人為の作品として想定された『国家』」(“はじめに”より)。このサイトでも幾度か本書の著者樋口陽一教授の著作物についてご紹介してきました。今回ご紹介する本書で著者は、個人と国家の関係を、社会契約論の原点に立ち返って問い直し、立憲主義の観点から現代の憲法課題に迫ります。
 近代立憲主義の思想的バックボーンたる社会契約論では“国家”も“個人”もその概念はいわばフィクションです。そこで想定されていたはずの本来の「国家の不在と国家の過剰」(本書p.58)「国家が出てくるべきところで出てこないで、本来は出るべきでないところに出しゃばる」(本書p.63)のが今の日本社会であり、その一方で、フィクションとしては自立した個人が想定されても現実には、一人ひとりが「弱いからこそ、個人の尊厳ということを言う必要がある」(本書p.65)にもかかわらず、強い立場にいる者から自己責任を強要される逆転現象、ねじれが生じており、それを解きほぐす必要がある、と著者は述べています。
 個人と国家の関係が現代日本社会でこのような状態にあるとき、「あらゆる政治体制が民主の名において説明されている」以上、「『民主』という言葉は実は何事も語って」おらず、「民主を名乗る政治権力も制限されなければいけないという『立憲主義』が、一番のキーポイントになる。」(本書p.86)
 それが、「民主主義から立憲主義へ」という表現で表されます。普段、私たちは何気なく「民主」「民主主義」という言葉を用い、そのプラスイメージをあまり疑うことをしません。ここに一つの見落としがあることに気づかされます。さて、「民主主義」に対置される「立憲主義」の展開史の節目となるのが「4つの89年」です。1689年のイギリスでの「権利章典」、1789年のフランスでの人権宣言、1889年の大日本帝国憲法の制定、1989年の旧ソ連・東欧諸国での一党支配の解体。
 この「4つの89年」を例にとりながら、著者は「一つの憲法がつくられた場合になんらかの恥ずかしさ後ろめたさ悔しさというものを伴わないで、みんながハッピーに新しい世の中の基本法を作ったという例の方が少ない」(本書p.157〜)とも述べています。戦後の始まりを「負けた屈辱」と捉えるのか、それとも自分で自分を解放できなかった屈辱と考えるのか。「そういう負の部分をどういうふうに癒しながら、前向きに積極的に自分たちの歴史につなげていくのかということこそが、大事なはず」(本書p.162)。今、憲法を変えよう、新しい憲法をつくろうとする勢力が、現憲法は“マッカーサーがわずか9日間でつくったものだ”と主張するのは、現憲法に込められた「4つの89年」にさかのぼる膨大な憲法史・憲法思想史の蓄積を否定することにつながる。こういった歴史認識は、私たちが日本国憲法を考える上で重要な観点でしょう。普遍的な価値原理体系としての憲法と、歴史的産物としての憲法と、私たちは二つの側面から憲法を捉える必要があるのではないかと考えさせられます。
 立憲主義の歴史的展開、個人・国民と国家との関係は歴史的にどのような発展経過をたどってきたのか。次回連続講座「世界史の中の憲法」第6回「国家と国民の歴史」は、まさにこのテーマをとりあげます。是非ご一緒に学びましょう。オンラインでも受講できますので、こちらもご利用下さい。

【書籍情報】樋口陽一著 集英社新書 2000年11月(定価 本体価格680円+税)

 

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