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論文「憲法改定をめぐるドイツと日本」

T・O

第二次世界大戦をともに戦い、敗れた国家として、日本とドイツはしばしば比較されます。中山太郎衆議院議員も、『二つの敗戦国家』と題する日独を比較する書物を1995年に公刊しています。この書物に対して、本論文の著者である森英樹教授は、その比較が単純であり、特段の注目には値しないと切って捨てます。その理由は、たとえば、日本が天皇制にこだわったがためにGHQの関与を受けたことについて、日本が天皇制にこだわったことへの問題意識が欠如していること、ドイツが何度も改憲を重ねているのに対し、日本が一度も改憲していないことを強調しつつ、そのような「差」が生まれる原因への言及がないことなどによります。
2005年9月、日本とドイツは、それぞれ、総選挙を実施しました。解散のきっかけが似ていたことや、「構造改革」が争点になっていたことから、日独の総選挙は「似たもの同士」として比較されました。しかし森教授は、戦後60年においてなお、首相が靖国神社を参拝する日本に対し、ドイツでは戦後60年事業において、ベルリン市内に虐殺されたユダヤ人を追悼する記念碑が建てられたこと、シュレーダー前首相が“過去の過ちを心に刻むことがドイツの生きた憲法の一部である”と演説したことなど、両者には大きな違いがあることを指摘し、こうした落差を抜きに日独比較を行うことはほとんど意味がないと批判します。
続いて森教授は、衆参両院の憲法調査会報告書における「日独比較」を見ていきます。そして、その「比較」が、事実の違いを指摘しているにとどまっていたり、あるいは官僚や研究者のコメントを掲載しているに過ぎないことを指摘した上で、ドイツ憲法事情を知っている者にとって目新しい点はなく、わざわざドイツへ行かなくても、これまでの研究成果やインターネットを通じて得られるものばかりであると批判しています。そのため、森教授は、こうした「調査」の内容が調査会報告書に記載されることの意味についても疑問を呈しています。そして、調査会報告書には、日独には「ふたつの戦犯国家」という共約性がありながら、戦後の憲法事情が異なってきたことの「比較」を通じた調査がなかったことが、上記のような結果をもたらしたと診断します。
また、戦後の西ドイツは、過去のナチスドイツへの対峙と、東ドイツへの対峙という、「ふたつのドイツ」との対抗軸をはらんだ緊張関係からそのアイデンティティを構築・維持・展開するという戦後史をあゆんできたと、森教授は指摘します。これに比べ、日本での改憲論は、天皇制国家への対峙もあいまいなまま、天皇制存続の条件であった非軍事平和主義という憲法的国際公約を、その歴史的前提の解除条件への吟味もなさないままに、しかも対米追随と日本資本の海外展開保護という文脈から行われており、憲法の歴史的アイデンティティに誠実に向き合っていないと、森教授は厳しい批判をしています。他方で森教授は、ドイツが「普通の国」化してきた過程において、国際経済の展開が軍事展開を呼び出すという「近代の影」も見られることを指摘し、ドイツは「反面教師」でもあるとしています。
森教授も論文の中で触れていますが、樋口陽一教授は、「La comparaison n’est pas raison(比較は証拠にならぬ)」という格言を引用します。他国の実例を参照する場合には、表面的な事実のみならず、そこに至る歴史的・政治的・社会的な背景もきちんと分析する必要があるでしょう。その意味で、森教授の論文は、日独の「差」がどのような背景に基づくのかをきちんと分析・説明しており、非常に参考になります。中山太郎氏のようなドイツ基本法の参照を求める改憲論者こそ、ドイツ基本法のあゆんできた歴史的・政治的・社会的背景と、それらに関する議論を参照すべきではないかと思います。

【論文情報】法学館憲法研究所編『日本国憲法の多角的検証』(日本評論社、2006年)所収

 

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