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論文「人間の安全保障と日本国憲法」

T・O

21世紀における構造変動の中で、「恐怖と欠乏からの自由」をキー・ワードに、日本のアイデンティティ、現在の改憲論の狙い、国際社会が目指すものを考察するのが、この大久保史郎教授の論文です。
大久保教授は、現行の日本国憲法が平和主義をそのアイデンティティにしているのに対し、自民党「新憲法草案」では、この平和主義が抜け落ちていること、具体的には、9条2項の戦力不保持規定が削除され、新13条においては、個人の尊重よりも「公益・公の秩序」が優先される点を指摘しています。こうした新憲法構想には、21世紀日本のアイデンティティが欠如しているといいます。
これに対し、大久保教授は、現行の日本国憲法および90年代以降の国連機関が、「恐怖と欠乏からの自由」という理念を重視している点に注目します。これは、日本国憲法で言えば、「平和的生存権」であり、国連においては「人間の安全保障」として具体化されていると指摘し、その展開を追っています。
大久保教授によれば、この「恐怖と欠乏からの自由」は、1941年の大西洋憲章に直接の起源を持ち、さらにさかのぼると、1941年に米のルーズベルト大統領が教書で宣言したことに求められるそうです。この「恐怖と欠乏からの自由」が、ドイツ・ナチズム、イタリア・ファシズム、日本軍国主義と戦う連合国の戦争目的となり、1945年2月のヤルタ会談でも、それが確認されています。また、国連を設置する際にも、これらが目指されました。つまり、戦争の原因は、「恐怖」と「欠乏」にあり、これを克服することで初めて平和が到来するというのが当時の人々の実感だったと大久保教授は言います。くわえて、これを「平和のうちに生存する権利」と表現した日本国憲法の前文は、平和と人権を直接に関係づける画期的なものだとされます。
この「平和的生存権」は、当初は理念的なものとされましたが、安保条約、自衛隊をめぐる9条解釈論の発展もあり、規範性を持ったものとして理論構成されていきます。その結実が、長沼事件一審判決です。他方で、軍事大国化も進行し、平和主義は「定着」と「空洞化」が同時進行したと、大久保教授は言います。
90年代の「ポスト冷戦」時代になり、「国際貢献」論が強調されるようになりました。この中で、「正戦論」が出てきて、これに対して「平和的生存権」が対置されると大久保教授は主張します。ここでは、「もし戦争が起きたら」という単純な問いではなく、戦争の実態とそこに至る過程において、どう対処することが「平和的生存権」を実現するのかを具体的に捉えることが必要であるとされます。
他方、国連の場においては、国連開発計画(UNDP)が1994年版「人間開発白書」において、南北問題や地球的規模の貧困などに焦点を当てた「人間の安全保障」論を提唱しました。これは、「安全保障」観を、国家中心から人間中心への「安全」観へと転換することを説きます。その思想は、「恐怖と欠乏からの自由」にあります。この「人間の安全保障」をめぐり、様々な議論や実践が、国連の場で行なわれています。
大久保教授は、最後に、日本国憲法前文の「平和的生存権」が、「人間の安全保障」観を半世紀前に表明していたことを評価し、とりわけ9.11以降、アメリカの軍事覇権主義が強行されつつある現実の下で、「平和的生存権」のリアリティが一段と増しているとして、日本は世界に対して、この「平和的生存権」が基本的な立脚点になることを主張してよいとしています。
日本国憲法の前文に謳われている「恐怖と欠乏からの自由」が、国連でもキー・ワードとされ、それを中心に「人間の安全保障」論が展開されていることは、非常に興味深いと思われます。“9条を変えて「普通の国」にしよう”という議論がありますが、むしろ、日本国憲法が世界の最先端を行っており、「普通の国」が、平和的生存権を憲法で謳う日本のような「普通ではない国」を目指すべきことが世界の流れであることを、改めて認識させてくれる論文だと思います。

【論文情報】法学館憲法研究所編『日本国憲法の多角的検証』(日本評論社、2006年)所収

 

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