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論文「『成熟社会』と『政治』の喪失」

T・O

日本の支配層は、戦後民主主義を、「解釈改憲」によってねじ曲げてきました。そしてついに、「解釈改憲」から現実の改憲に着手しようとし、また、準憲法的性格を持つといわれる教育基本法の「改正」も目指されています。貝沼洵教授は、この論文の中で、なぜ日本国民は、こうした横暴な支配層の野望を許してきたのかと問い、それを選挙民の社会的意識と、それに影響力を行使してきた支配的ヘゲモニーのあり方を分析します。
内閣府の調査によれば、今の生活に「満足」している人は2004年時点で60%近くいますが、その生活の満足度に職業的地位が関係していると言えるそうです。また、「日常生活での悩みや不安」については、1992年以降増加し、2004年には65%に達しました。「今後の生活の見通し」については、「同じようなもの」との回答が年々増加し、2004年に60%、一方で、1995年以降、これまで拮抗していた「良くなっていく」と「悪くなっていく」について、「良くなっていく」は減少を続け、2004年に8% 、「悪くなっていく」は微増で25%となっています。
上記の調査結果について、貝沼教授は、社会格差の拡大する「不平等社会」の現れであるとみます。しかし、社会格差の拡大、「悩みや不安」を感ずる人々の増加、今後の生活の見通しが「悪くなっていく」と感ずる人々の増加は、「自由」で「平等」な、より民主的な社会を希求する「政治意識」や投票行動に連接していないと貝沼教授は言います。「悩みや不安」を抱えつつも、2004年の調査では、67%もの人が、「現在の生活に充足感を感じている」と答えているのが原因のようです。この「充足感」は、消費中心の「私生活」に由来すると貝沼教授は指摘します。
この「私生活主義」は、競争社会のもとで生成されました。学校や企業の中で人は「エリート」を目指してせめぎあい、また学校や企業の規範に同調する姿勢を強いられます。そのストレスを「私生活主義」、つまり職場や学校から私的生活に逃亡することで発散してきたのです。こうした私生活主義は、「ささやかな幸福な家庭生活」を理想とするため、社会的・政治的な視野や日常的感覚を狭めてしまいます。
この私生活主義は、「フォード主義的蓄積体制」の下で生成されたとして、貝沼教授はその中身を分析しています。そして、このフォード主義の中で、大量生産・大量消費の文化ができあがり、これが生活意識の満足度を相対的に高めているといいます。
貝沼教授は、近年、日本の政治的・経済的体制は、フォード主義から「ネオ・リベラリズム」へと転換したとみます。ネオ・リベラリズムは、強力な市場介入と権力行使を保持しつつ、自らの統治性を市場の自由の合理性を結びつける点に特徴があるとされます。しかし、「リベラリズム」を標榜するため、自由市場で交換される功利的な個人の行為の合理性に準拠し、そこに、権力的な介入とのギャップが生じます。それを埋めるのが、道徳の体現者としての国家・指導者であり、個人の自己責任です。
このネオ・リベラリズムのもとで、アンダークラスの「排除」と富裕層の「隔離」が進んでいると、貝沼教授はいいます。そして、この「セキュリティ社会」において、貝沼教授は、近代の終焉、「市民社会」の衰退を見ます。そしてこの分断された「社会」を、無政府状態に陥らせることなく保持するシステムが「監視」です。住民基本台帳法の全国ネットワーク化、各所に設置された監視カメラなどがそれです。
最後に、貝沼教授は、今必要なのは、自分たちの「安全」のために、他者を排除する思考から、安全を保つためにも他者との共生を志向することへの転換である、と指摘します。そしてそのためには、憲法の精神を暮らしに活かし、それを通じて、自分たちの私生活主義的な生活意識を変革していくことが不可欠だと主張します。
この論文は、格差が拡大していることを多くの国民が実感しているにもかかわらず、なぜそれが政治・経済体制への変革の要求として生まれてこないのかについて、社会学的な分析をしており、非常に興味深いものです。“憲法の精神を暮らしに活かす”という考え方は、“憲法は権力を縛るためのもの”という認識を弱めるとの指摘もありますが、憲法がそういうものだという認識を持ちつつ、日常生活にも憲法の精神を活かしていくことで、「横暴な支配層」の野望を許さない社会的意識が生まれてくるのではないかと思います。

【論文情報】法学館憲法研究所編『日本国憲法の多角的検証』(日本評論社、2006年)所収

 

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