映画「日本国憲法」 〜 静かに語る言葉の力

いまだにほとんどの日本人は憲法のことを「自分たちが守らなければならないもっとも基本的な法律」だと思っています。法律で一番重要かつ基本となるものぐらいのイメージではないでしょうか。しかし、憲法は私たちが守るべきものではありません。私たちが国に押しつけて守らせるべきものです。その憲法の本質を知っていると、改憲論議のいろいろな意図が見えてきます。それをすばらしくわかりやすく解きあかしたDVD映画を見ました。ジャン・ユンカーマン監督の「日本国憲法」です。12人の識者へのインタビューから構成されているだけですが、日本国憲法の成り立ちやアメリカとの関係、アジアでの日本の役割などの輪郭がはっきりと見えるようになります。
日本国憲法というタイトルではありますが、実は、これからの世界のあり方を、日本の憲法9条を通じて、アジアと沖縄の視点から、アメリカ人の監督が描きあげた作品です。
このグローバルな構成が、憲法9条、そして改憲問題が、国内の政治問題のひとつに成り下がってしまいがちな私たちの意識に、渇を入れてくれます。9条はけっして国内問題ではなく、世界に絶大な影響を与える地球レベルの問題なのだということを改めて実感させてくれました。
平和の問題となると、人は声高になりがちです。平和や人権のように誰もが重要だと思っているけれどその具体的な方策が見いだしにくい抽象概念を扱うときには、どうしても声高に叫んでしまいがちです。ですが、この映画は大きな声を出すわけでもなく、派手な演出があるわけでもないのですが、その伝える力は絶大です。
今年は戦争を題材にした日本映画が多いそうです。自衛隊が全面的に協力して本物の戦車が何台も出動する映画もあるとききます。作者の意図は別にして、勇ましいもの、強いものに憧れる最近の若者の心をとらえるかもしれません。
それに対抗した映画をつくるとしたらどのようなものが考えられるでしょうか。その一つは、戦争の悲惨さや残虐性を徹底的にビジュアルで印象づけるというものが考えられます。特に昨今は戦争を知らない世代が増えるにつれて、戦争の残忍さを具体的にイメージできる人がどんどん少なくなっているように感じます。そこでは、ビジュアルの効果はますます大きくなるでしょうし、若者がイマジネーションを広げる手がかりにはなると思います。
しかし、派手な映像と音響によって戦争の恐ろしさを体感してもらう手法とは別に、この映画のように静かに語り、言葉の持つ力強さ、語る人間の持つ信念の力によって、観る者に大きな影響を与えることもできるだと改めて感心しました。これが作り物ではない、ドキュメンタリーの強さなのでしょう。一つ一つのインタビューの向こうにある出演者の想いをイマジネーションの射程を広げて観ていくとさらに興味がわきます。押しつけたと言われるアメリカ人の側から日本国憲法制定の経緯を聞くことや、近時の中国や韓国の反日運動を意識しながらアジアから見た9条への期待を聞くことは、私の思考のフィールドを一気に広げてくれます。
そして、それぞれの発言の根底に一貫しているのは、現実を直視しているということです。憲法とか平和というとすぐに理想や夢をロマンチックに語るのではないかと思いたくなるのですが、あくまでも冷静に現実を見据えて、そのうえで9条の存在意義を語っているのです。
私も改憲論議においては、9条のもつ積極非暴力平和主義の理念としての意味をとても重視しますが、それと同時に今、なぜこのタイミングで9条の改憲論議がわき起こってきたのか、その現実的な意味を常に意識しないと判断を誤ると思っています。抽象的に国防のためとか国際貢献のためとかで軍隊を持つ普通の国になろうとしているのではないのです。あくまでも、アメリカの国際軍事戦略の中で、日本の軍隊がどう使われようとしているのか、そうした現実をしっかりと踏まえたうえで、改憲論議に参加する必要があると思っています。
「自分には関係ないことだから、別に自衛隊が軍隊になってもいいんじゃないの」とか、「やっぱり押しつけられた憲法なんかいやだよね」とか、「攻められたらどうするの」といったありがちな意見に対して、自分の言葉で何かをいえるようになることは、実は心地よいことです。国際貢献、人道支援、国防、安全保障、普通の国・・・そうした抽象的で大きな言葉に惑わされることなく、自分の生活に引き寄せて具体的に憲法や9条の問題を考えることが私たちひとり一人にとって今求められているのだと思います。
私は、憲法9条を持つ国に生まれた者として今、何をすべきか、自分に問いかけます。近時の多くの護憲の集会では、9条改悪阻止がテーマとなっていますが、私は、9条を護ることで満足していてはいけないと思っています。その先に、今の憲法の価値をしっかりと日々の生活の中でも主張していき、憲法を実践していくこと。そうやって憲法を私たちの生活の中に浸透させる努力が永遠に求められていると考えています。その意味では私たちがいかに主体としての意識を持ち、自分たちが憲法の主役なのだという意識をもつことができるかが決め手になるように思います。
近日中に発売される私の本にも、子どもから大人まで国民ひとり一人が憲法を自分の問題として考えてみるきっかけになればという思いが込められています。これからも引き続き憲法の語り部として役割を果たしていくことにします。

伊藤塾塾長 伊藤真


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