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佐賀(2)

鳥栖市自治会神社管理費訴訟
Y.M.記

 私たちの身近な地域コミュニティとして自治会があります。地域住民が清掃やゴミ拾いなどの共同活動を行ったりお祭りを開催したりなど、自治会は地域住民にとって親睦をはかるためにはとても有益な存在といえるでしょう。けれども、自治会の活動次第では、反対にそこに所属する住民の意思との間に軋轢が生じたり、場合によっては住民の基本的人権を侵害してしまうことにもなりかねません。
 そうしたケースが、自治会による神社管理費の徴収と住民の信教の自由との対立という形で実際に争われたことがありました。

 1991年に佐賀県鳥栖市に転居してきた浄土真宗本願寺派の僧侶であるXさん夫妻は、居を構えると同時に地元自治会に加入しましたが、1994年のある日、月額400円の自治会費の中に地元の神社管理費43円が含まれていることに気がつきました。そこで、Xさん夫妻は、信教上の理由等から神社には協力できないので、神社管理費を含めて一括徴収されている自治会費のうち神社管理費を控除して自治会費を支払うことを地元自治会に申し入れます。
 ところが、地元自治会側は、当初の回答は拒絶、しばらくしてからの回答は、Xさん夫妻の要望については次年度の総会に議案とするが、1994年度はXさん夫妻から自治会費の一切を徴収しない(受領を拒否する)というものでした。これに対して、Xさん夫妻は、同年5月12日に、信教の自由を侵害する、神社管理費を含めた包括的な自治会費の支払を拒絶する旨の通知をしたのです。この日以降、地元自治会は、Xさん夫妻を自治会から脱退したものとして扱い、会員名簿からXさん夫妻の名前を削除し、広報誌の配布や回覧を停止すると共に、自治会主催の行事の案内も行わなくなりました。
 そこで、Xさん夫妻は、地元自治会の対応によって住民として生活していく上で様々な不利益を受けただけではなく、自らの信教の自由ないし信仰の自由(宗教的人格権)が侵害されたとして、同自治会と自治会長を相手取り、地元自治会の会員としての地位確認並びに会員名簿への氏名の登載と約220万円の慰謝料などの損害賠償の支払いを求めて訴えを起こしたのです。

 2002年4月12日、佐賀地裁は、Xさん夫妻による会員名簿への氏名登載と損害賠償の請求は退けたものの、地元自治会による神社管理費の徴収方法はXさん夫妻の信教の自由を侵害し、日本国憲法20条1項前段、2項などに反する違法なものであったと認めました。
 それによれば、本件は自治会という任意加入の私的団体とその構成員の間の問題であるため「私人間の問題となり、直ちに憲法違反の問題が生じるわけではない」。しかし、「信仰が人間の存在にとって重要な意味を持つものであるが故に、そこに自由な領域を確保する利益は、対国家との関係だけでなく、私人に対する関係においても十分に保障されるのが望ましい・・・。かかる意味で、信仰の自由は、それを原告らが主張するような宗教的人格権と呼ぶかは別にして、私人間においても法的に保護された利益とみるべきである」。
 もっとも、そのような任意加入の私的団体がその構成員に対して特定の宗教上の行為への参加などを強制したとしても、それが直ちに違法となるわけではない。しかしながら、本件で問題となっている地元自治会の活動及び運用実態をみると、「その公共性が法的にも明確に位置づけられている上、加入及び脱退の自由が、いずれも大きく制限されており、これらによると、被告町区は、強制加入団体とは同視できないとしても、それに準ずる団体であるというべきである」から、「その運営は、構成員が様々な価値観、信仰を持つことを前提になされなければならない」。
 そして、本件で問題とされている神社管理費は、「宗教性のある特定宗教関係費と認められ、被告町区の活動目的の範囲外の支出」であって、地元自治会が「特定宗教関係費の支出を続けながら、原告らから区費を徴収するということは、原告らにとっては、区民であるために、信仰しないことを誓った神社神道のために区費の支払を余儀なくされるということ」に他ならない。このことは、先に述べた「被告町区への加入及び脱退の自由が大きく制限されているという現状に照らすと、事実上、原告らに対し、宗教上の行為への参加を強制するものであったと認められる」。
 また、地元自治会の会員名簿への氏名の登載自体は、原告にとってなんらかの利益を構成するものとは認められない。しかしながら他方で、本件においては「被告町区の区費の徴収方法自体が違法であったと認められる以上、原告らの支払拒絶には正当な理由があるから、それは[地元自治会による−補注]脱退認定取扱の根拠とはなり得」ず、従って「その根拠を欠き無効であるから、原告らは、なお区民としての地位にある」。
 以上のように裁判所は述べ、地元自治会による神社管理費の一括徴収がXさん夫妻の信教の自由ないしは信仰の自由に対する侵害にあたると判示したのでした。そして、原告・被告の双方が控訴しないと表明したことで、最終的に本判決が確定することになったのです。

 本判決の意義は、自治会という私的団体が、任意加入制を採っているとはいえ、実質的には高度の公共性をもつ強制加入団体に準じるものとして認められ、ともすれば所属する住民の基本的人権に対する侵害主体となりうることを浮き彫りにした点にあるといえます。
 自治会による地元神社管理費の一括徴収についての司法判断はこれが初めてであり、このような一括徴収という方法については見直しの動きも出ているとされていますが、しかし現在においても、神社管理費を一括して徴収する慣行を続けている自治会は全国的にまだ少なくないともいわれています。自治会がもつ積極的な意義を評価すると共に、本判決の観点から、その前近代的な負の側面についても改めて考えていくことが必要となっていくでしょう。

コメント 
「鳥栖市自治会神社管理費訴訟に関わって」

東 島 浩 幸(原告弁護団弁護士・佐賀県弁護士会)

 自治会費に含まれる神社管理費…それは1ヵ月あたりたった43円でした。多額でもないし、多くの国民は宗教的には神仏習合的に考えていて問題とは感じていません。
 しかし、原告にはどうしても神社に協力できない理由がありました。第1が、原告は浄土真宗の門徒であり、教義である「神祇不拝」を固く信じていることでした。第2は、戦争体験です。原告は戦争中、軍需工場において戦車のキャタピラー等を作りました。しかし、戦後、友人らを死に追いやる道具を作らされていたことに気づきます。また、間もなく出征する友人から「死んだら本当に靖国に行くのか」と聞かれ、原告は「死んだことがないから分からん」と答えたのです。しかし、敗戦となりその友人も戦死した後、本当に人間らしい答えをするとすれば「とにかく生きて帰れ」というべきではなかったのかと激しい後悔をします。しかし、天皇制教育に染まっていたから言えませんでした。そこで、原告は友人たちへのせめてもの罪滅ぼしとして、天皇や軍国主義の精神的支柱だった神社には一切の協力をしない生き方を選び、戦後一貫して実践してきました。本件訴訟は、この原告の宗教的確信・信条を、"郷に入れば郷に従え"式で、自治会に入っている限りは神社管理費も支払えということで踏みにじれるのかという問題だったのです。
 この訴訟の判決の意義は、@自治会は、法形式上は私的団体であるが高度の公共的性格ゆえに信教の自由に関して憲法の間接適用により違法とされることがあることを明確にしたこと、A「神社=非宗教」論を否定したこと、B自治会費の中に特定宗教関係費を包括して全会員から自治会費を徴収するのは信教の自由を侵害すると明確に認めたこと、C神社神道方式に従った神事を伴う祭りの主催は自治会とは明確に区別された氏子集団等の組織ですべきとの自治会活動の限界をも指摘したことです。
 神社への協力で地域社会を形成するのは時代的にも無理がありますし、信教は一人ひとりの心の問題であり自己以外に決定できる者はいないことを銘記すべきだと思います。
 
以上


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