法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

Mail info@jicl.jp
 
今週の一言
憲法情報Now
 憲法をめぐる動向
 イベント情報
 憲法関連裁判情報
 シネマ・DE・憲法
 憲法関連書籍・論文
 ■今日は何の日?
憲法Voice
研究所・客員研究員紹介
中高生のための憲法教室

憲法文献データベース
日本国憲法全文
リンク集
 
事務局よりお知らせ
賛助会員案内
メールマガジン
ご意見フォーム
サイトマップ

憲法情報Now<シネマ・DE・憲法>

 

映画「キャタピラー」


                              
H・T

1台の軍用車が新潟県と思われる田舎の村道を走ってきます。妻シゲ子(寺島しのぶ)のもとに送り届けられたのは、中国戦線で四肢を失い、顔も焼けただれ聴覚を失い言葉も発せられない夫の久蔵(大西信満)。シゲ子のまぶたに焼き付いていた、日の丸の旗をうち振るわれ勇ましく戦場へと出征していった姿とは似ても似つかない残酷な姿にシゲ子は絶句します。久蔵は村人から「生ける軍神」とあがめられ、床の間には昭和天皇・皇后のご真影、いくつもの勲章、武勲を讃える新聞がいつも飾られています。

シゲ子は夫の介護をするのは妻として「お国のために尽くす」崇高な義務だと皆に言われ、懸命に尽くします。久蔵は中国で女性を繰り返しレイプし殺戮した悪夢に悩まされます。そんなことは露知らないシゲ子。介護、農作業、夜のはた織り。貧しい中、必死になって食事の世話をし、旺盛な性欲の求めにも応じます。しかし、久蔵にはシゲ子に対する思いやりは見られず、動けないながらも暴力的です。妻としての情愛を含めて、寺島しのぶが迫真の演技で複雑な心情を演じ分けています。憐憫から自立・憎しみへ――戦後の男女関係の変化を示唆していると監督は語っています(「週刊ポスト」9月17日号)。寺島さんは、今年のベルリン国際映画祭で最優秀女優賞を獲得しました。

久蔵もシゲ子も、村人たちも、そして国中が現代から見るとこっけいとさえ映る上からの命令に忠実に服して取り返しのつかない犠牲となったことを告発しています。ご真影が繰り返し映されます。客観的に見ると、告発しているのは天皇を頂点とする戦争構造のようです。もっとも、パンフレットを見ると、監督はそこまでは考えていない模様です。

15年戦争を批判する数多いシネマの中で、この映画が優れているのは、日本兵による中国の女性たちに対する加害行為を描いていることでしょう。この点では貴重です。日本の加害性のすさまじさを私たちはあまりにも知りません。

映画の批評は見た限りでは称賛かそれに近いものばかりです。満席のため入場でできなかったという話しを聞くのも久しぶりです。そこで筆者は、あえてもの足りない側面を書かせていただきます。一つは、久蔵の加害行為は瞬間的な映像が回想シーンとして登場するだけである一方、沖縄戦、日本の都市に対する空爆、原爆投下等日本人の被害の映像を多用して戦争全体の悲惨さを訴えている点です。15年戦争の本質は、神国日本の侵略性にあります。それを体現する久蔵という男を描くのであれば、例えば中国北部で実行された「殺し尽くす・焼き尽くす・奪い尽くす」という「三光作戦」の一端でも一連の行動として活写できていれば、国益主義の究極の発露である戦争に対する理解は深まったでしょう。商業映画の限界でしょうか。反戦映画という視点で見ると戦争の実像が稀薄で、個人的な嗜虐・被虐の残像が強く残ります。若松流かもしれません。

もう一つは、個人の暴力性です。戦争と関係ない個人の暴力性をも描いた作品ですが、出征前に示した久蔵のシゲ子に対する暴力と帰還後の暴力との関係が描かれていれば、個人と国家という二つの暴力主体の関係が提示できて深みを増したのではないかと思われます。多くの夫、父親たちが、家族に対してもより暴力的な存在と化して帰還したのですから。寺島さんの演技がもったいなさ過ぎるように思われます。

【映画情報】
製作:2010年 日本
監督:若松孝二
時間:84分
出演:寺島しのぶ/大西信満/吉澤健/粕谷佳五/増田恵美/河原さぶ
上映館:東京・テアトル新宿、大阪・テアトル梅田他で公開中
公式サイト


 
                              

 

[今週の一言][憲法情報Now][中高生のための憲法教室][憲法文献データベース][事務局からのお知らせ]
[トップページ]