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映画『扉をたたく人』


                              
H.T.記

 アメリカで僅か4館で封切られましたが、クチコミで評判となり、公開6週目には全米興行収入トップ10にランクイン。最終的には270もの劇場で上映され、6か月間のロングランヒットを記録した映画です。深い孤独に包まれ惰性的な日常生活に流されている人が、あるきっかけで生命を吹き込まれたように輝きながらも、国境という壁によって人間関係が引き裂かれて行く‥‥。観たあと、現代社会の奥に潜むたくさんの問題を考えざるを得ない秀作です。派手なシーンはなく、キャストもそれほど有名でなく、宣伝費をかけなくても、いい映画は口伝えに人々の心をとらえる共感力を持っているのですね。

 妻に先立たれ、息子はロンドンに住み、コネチカット州の町で心を閉ざし無気力な日々を送っていた初老の大学教授のウォルター(リチャード・ジェンキンス)。一人住まいのわびしさを紛らわそうと続けていたピアノのレッスンですが、さっぱり上達しません。専門の経済学の講義や研究も20年間もマンネリ。

 ある日、学会での発表のため、ニューヨークに出かけ、マンハッタンにあるセカンドハウスに泊まろうとします。驚いたことに、そこには若いカップルが住んでいました。シリアからの移民であるタレクとセネガル出身のゼイナブ。彼らは仲介業者に騙されていたのでした。慌てて荷物をまとめて出て行った2人のことが気にかかり、呼び戻して当面の間の共同生活が始まります。無味乾燥風な学会通いで退屈しているウォルターをひきつけたたのは、タレクが演奏しているジャンベという民族太鼓でした。やがてウォルターは、タレクに誘われて公園で移民たちと一緒に合奏するようになります。周囲では陽気に踊り回る移民の仲間たち。はじける笑い声、むんむんとした熱気。ウォルターに内面からの笑顔が戻ります。

 ところがある日突然、タレクが不法滞在者として逮捕され、拘置所に収監されます。従来は、多少の書類の不備を不問に付していたアメリカは、9.11事件以後は不寛容になっていたのでした。ウォルターは、かけつけてきたタレクの母親モーナ(「シリアの花嫁」の主演ヒアム・アッバス)とともに必死で釈放のために努力しますが、タレクは最悪にもシリアに強制送還されます。

 映画の主題であるウォルターが生気をよみがえらせる直接の「扉」となったのはジャンベでした。しかし、ジャンベだけではなく、異国で必死に生きている移民たちの世界を知ったことも関係していると思われます。彼は、モーナにほのかな恋の感情も抱いたようです。彼が肌で感じた移民たちの世界は、学会で発表した論文「途上国の経済発展」の世界とは対照的な、生身の人間の匂いがプンプンする「扉」でした。

 せっかく人間的な情愛を抱く関係を築くことができた4人を引き裂く「不法滞在」という制度に、観客は複雑な想いを抱くでしょう。ウォルターと同様に感情的には無情だと怒っても、理性では国家の枠組みがある以上、移民政策として受け入れざるを得ないというジレンマ。しかし、移民政策は国により、また、環境により変わります。ウォルターは、人の生をモノのように扱う国家に怒りを爆発させます。でも、モノやカネはとっくの昔に国境を越えたのに、人は国境を越えられません。考えようによっては、人はモノ以下かもしれません。宇宙の歴史から見るとほんの一瞬ですが、人類の歴史は諸国をあまりにも不ぞろいにしてしまいました。不法滞在という危険を冒すのは恵まれない人たちが大多数です。悲劇をなくすためには国境の壁を低くすることや国家間の格差をなくすことが必要でしょう。

 さらに、9.11事件の背景には諸国間の格差があります。アメリカを先頭とした有志連合は、法的には「犯罪」であるこの事件に対して、「戦争」だとして更なる殺し合いと民族対立の道を選びました。悲劇は移民の生活にも及んでいます。「全世界の国民」の平和的生存権を保障する憲法前文・9条は、たくさんの「扉をたたく」可能性を秘めています。

【映画情報】
【製作】2007年 アメリカ
【原題】THE VISITOR
【時間】104分
【監督・編集】トーマス・マッカーシー
【出演】リチャード・ジェンキンス /ヒアム・アッバス /ハーズ・スレイマン /ダナイ・グリラ /マリアン・セルデス
【上映館】東京・恵比寿ガーデンシネマ、大阪・梅田ガーデンシネマ他全国で公開中
公式サイト

 
                              

 

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