法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

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映画『愛を読むひと』


                                                           
F・J記

 大戦後のドイツ。ミヒャエル・ベルク〔マイケル・バーグ〕は年上のハンナ・シュミッツと出逢い、やがて恋に落ちる。彼は、彼女と愛しあう「前に、朗読する」(vorlesen)ようになった。だが、ある日、突然ハンナは姿を消してしまう・・・。8年後、ハイデルベルク大学法学部生となったミヒャエルは、法廷でハンナと再び出遭ってしまう。
 「『愛を読むひと』は、愛が手軽になってしまった現代に生きる私たちに、人を愛することの重みを教えてくれる。同時に、戦争という全世界の人々を巻き込む極限状態において人間性とは、人の尊厳とは何かを深く問いかける物語でもある」(プログラムIntroductionより)。

 この「人の尊厳」、正確には「人間」の尊厳は、反ナチズムの価値が込められ、ちょうど60年前にドイツ基本法(憲法)の冒頭第1条に掲げられた文言である。
 この憲法の下、戦後ドイツは「自己の裁き」(Selbs Justiz)を始め、「裁かるる者」は逆転した。『ヒトラー』(2004年)を演じたブルーノ・ガンツ演ずるロール教授は、ゼミの始めに哲学者カール・ヤスパース『〔戦争の〕罪を問う』をミヒャエルの「前で、講義する」(vorlesen)。同書は、反対者との対話を重んじつつ「刑事上の罪」「政治上の罪」「道徳上の罪」「形而上学的な罪」を説き、その理性・コミュニケーション・自由を基礎に平和を説いた哲学は、後に、ハンナ・アーレントやリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカーにも影響を与えた。なお、映画での主人公マイケルは弁護士になり、原作での主人公ミヒャエルは法史学者になったが、実在の法史学者ミヒャエル・シュトライスと無関係だろうものの、その著『法における不法――ナチズム法史研究』は大いに関係する。以上は、いわゆる「過去の克服」「戦後責任・賠償」の問題である。
 原作者の憲法学者ベルンハルト・シュリンク――ワイマール期に自由保障のための市民的法治国家を説きながらもナチス期に御用学者となったと評される憲法学者カール・シュミットの学派の流れを汲む、〔立憲主義の不可欠な〕基本権論や権力分立論に造詣の深いベルリン・フンボルト大学教授(公法学、法哲学)――彼が、学界や文壇において正面あるいは側面から問いかけたのも「過去の責任」だった。

 ただ、以上の抽象的な哲学や原理論に限らず、この原作は、愛を読む「ひと」に、さらに映画は、愛を聴く「ひと」にも、より具体的に光をあてている。その「人の尊厳」、正確には「個人」の尊厳に、価値観の多様に交錯する個々人に重きを置いている。これは、シュリンク「個人」の自叙伝的な自己実現の発露でもある。「人間を完全にするもの それこそが愛だ」と、自由を求めた詩人フリードリヒ・シラーが綴った『たくらみと恋』を、ミヒャエルは朗読したが――完全が可能かどうかは別として――「愛を読む」のは、まず自己愛(Selbs Liebe)から始まり、他者愛へ進むのかもしれない。
 
 こうした「個人」の尊厳・自由と関わる憲法や法律の条文を、暗記でなく「朗読」しようとすると、
「人格の自由な展開」(ドイツ基本法2条)、
「人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値」「個人の尊厳」の尊重、「自他の敬愛」(旧教育基本法前文、1条、教育基本法前文、1、2条)、
"国家"からの「個人」の「自由」ないし「尊厳」の「尊重」と「両性の本質的平等」(日本国憲法13、24条)、
"社会"における「個人の尊厳と両性の本質的平等」(民法2条)などの制定背景が想起される。

 ミヒャエルと、娘との、そして、ハンナとの人的関係の再修復・改善や「無知の罪」・責任の償い(総じてWiedergutmachung)を果たせたかどうかは、個々人がスクリーンの「前で、読みとる」(vorlesen)ことができるだろう。


★おすすめ邦語文献・洋画
1. ベルンハルト・シュリンク/ヴァルター・ポップ(岩淵達治ほか訳)『ゼルプの裁き』(小学館、2002年)
※原書は1987年。小説家としてのシュリンク処女作。ゼルプ(Selb)3部作や本作の原点。
2. ベルンハルト・シュリンク(岩淵達治・藤倉孚子・中村昌子・岩井智子訳、高田篤解説)『過去の責任と現在の法――ドイツの場合』(岩波書店、2005年)
※原書は2002年。法による過去の克服の可能性・限界を問う。
3. ボード・ピエロート/ベルンハルト・シュリンク(永田秀樹・松本和彦・倉田原志訳)『現代ドイツ基本権』(法律文化社、2001年)
※原書は初版1985年、現在24版2008年。翻訳は15版。原作小説と同じく、ドイツ憲法教科書のベストセラー。
三段階審査、比例原則についても、日独の司法試験・国家試験で定評あるが、通説と異なり均衡性(司法の価値衡量)には批判的な点が興味深い。
関連して、『GG 19』(2007年)という憲法の基本権19か条を題材にしたドイツ映画もある。
4. カール・ヤスパース(橋本文夫訳)『戦争の罪を問う』(平凡社、1998年)
※原書は1946年。本文に挙げたように4つの責任を問う。
5. フランツ・カフカ(池内紀訳)『変身』(白水社、2006年)ほか5つの翻訳、4つの映画化
※原書は1915年。ミヒャエルが朗読した中の一冊。第一次世界大戦(後)の暗く切迫した時代が投影されているようも読める。もっとも、カフカ自身は、笑いながら朗読したという。
6. ウィリアム・スタイロン(大浦暁生訳)『ソフィーの選択』(新潮社、1983年、文庫1991年)、1982年の映画化
  ※原書は1979年。本作と同様に、前半はどこにでもある恋愛モノのようだが、終盤の「過去」は衝撃的。


【原題】 The Reader
【原作】 Bernhard Schlink, Der Vorleser, 1995, 松永美穂訳『朗読者』(新潮社、2000年、文庫2003年)
【製作】 アメリカ・ドイツ、2008年
【監督】 スティーヴン・ダルドリー
【出演】 ケイト・ウィンスレット、レイフ・ファインズ、デヴィッド・クロス、ブルーノ・ガンツほか
【上映】 2009年6月19日より日本公開

 
                                                           

 

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