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映画『イキガミ』


                                                           
H.T.記

 「週刊ヤングサンデー」誌で連載され、若者を中心に大きな人気を呼んだコミック『イキガミ』が映画化されました。大変緻密な構成で緊張の連続の133分です。キャッチフレーズは「人生最期の24時間。あなたは誰のために生きますか?」。劇中の若者たちの極限的な24時間の生には強烈な衝撃と感動が走ります。しかし、主題はそこを突き破ったところにこそあります。

 バーチャルな空間が設定されたある日の日本。「国家繁栄維持法」が施行されていました。小学校入学直前、可愛らしい新1年生が親に手を引かれて賑やかに小学校に集まってきます。目的は「国繁予防接種」。「あなたたちのうちの誰かはお国のために死んでしまいます。こわくなんかないですよ。死んで行く人はお国の役に立つのです。」先生の優しく美しい声が響きます。「はーい」と全員の無邪気で元気な声。接種されたアンプルには1000人に1人の確率で特殊な「ナノ・カプセル」が仕込まれ、そのカプセルは18歳から24歳までの間の予め設定された日時に肺動脈内で自動的に破裂し、命を確実に奪います。カプセルが誰の体内にあり、いつ破裂するのかは国だけが知っています。
 法律の目的は、国民に「死」の恐怖を植え付け“生命の価値”に対する意識を高めることによって犯罪を抑止し、社会の生産性を向上させることです。その一方、この法律に少しでも疑問を抱く者は、国家によって「退廃思想者」として厳正に“処置”される運命にありました。(原作の漫画では「ナノ・カプセル」が仕込まれたのと同様の状態となるとあります)

厚生保健省のエリート公務員・藤本賢吾(松田翔太)の担当は、政府から発行された死亡予告証、通称「逝紙(イキガミ)」、いわば死亡宣告書を死亡予定時刻の24時間前に直接本人に会って配達する“名誉ある仕事”です。渡された若者は、国家繁栄のため“国家の礎”となって栄誉ある死を迎えます。「イキガミ」とは、大戦時の召集令状である「赤紙」をもじった言葉です。

藤本が最初に配達したのは、23歳のストリートミュージシャン田辺翼(金井勇太)。田辺は親友の森尾(塚本高史)と“こまつな”を組んでメジャーデビューを夢みていました。ある日、田辺だけがスカウトされ、音楽番組に生出演が決まります。森尾との間に亀裂が生じ森尾は産廃廃棄物処理業の労働者になります。放送の前日にイキガミが配達された田辺がステージで突如歌ったのは、新コンビを組んだ相手の引き立て役として予定されていた曲ではなく、“こまつな”時代の歌“みちしるべ”でした。“愛するとはなんだろうか?生きるとはなんだろうか?…”

2人目の配達先は、20歳の引きこもりの青年滝沢直樹。エリート教育一点ばりの母親和子(風吹ジュン)から、「あなたは初めから存在しなかったと思うようにする」と引導を渡さていました。保守派の筆頭格の現職国会議員である和子は、再選を目指して「国家繁栄維持法」の推進を訴え選挙戦の真っ最中でした。直樹は驚愕的な行動に出ます‥‥。

3人目は恐喝まがいの取立てを仕事としている飯塚さとし(山田孝之)。彼には孤児院に入っている最愛の妹さくら(成海璃子)がいました。2人が幼い頃、交通事故で両親は亡くなり、さくらは盲目になりました。どんなことがあってもお前を守ると、幼い時に誓った約束を果たすことに徹したさとしは妹には内緒で金を稼げる仕事をしていたのでした。イキガミを受け取ったさとしはさくらのために猛然と行動を開始します。

3人とも、死の宣告を受けた時は絶望しますが、各自、あらん限りの生き方をします。

しかし、画面からは、こんな法律はウソだ!とんでもない許せない法律だというメッセージが強烈に伝わってきます。そういう思いを増幅させてくれるのは、3人がそれぞれの24時間を精一杯、友情、妹への愛、不正義との戦いという、個人としての人間が秘めている可能性を爆発させた生き方をしてくれたからです。

誰もが断じて許せないと思える場面を設定することによって、個人と国家(法律)との関係を考えるきっかけを作ったこと、このことを、人権とか平和それ自体を歌い文句にしないで大勢の若者に訴えかけるものとしたところがこの作品の凄みです。

作品がかもし出す怖さは、暴力的なものではなく、思想的なものです。法的に言えば、憲法で認めている多数決の限界を踏み越える法律の恐ろしさです。第一に、人のいのちは、多数決による法律では奪えないはずです(13条の個人の尊厳・生命権)。第二に、多数決であっても、それに反対する思想を「退廃思想者」として処罰することはできません(19条)。これは違憲無効な法律です。

でも、「これは仮想の世界のことだよ」と思い切れない世相や思潮が頭をもたげて来ていることが肌で感じられる時代になってきているがゆえに、マンガは大きな反響を呼んでいるのでしょう。まず、「いのち」については、9条の改憲で徴兵制の制定も予想されています。徴兵制とまではいかなくても、貧しい青年が人並みの生活をするルートに乗るためには軍隊に入らざるをえない状況が来ていることは、今のアメリカが明示しています。さらに、勝手に人道支援や自主的な取材に行ったのは「自己責任」だから殺されても仕方がないと国民の多くから切り捨てられたイラクでの3人の日本人人質、最近ではペシャワール会で活動中に殺された伊藤さん、あるいは、保険料を払えないために健康保険証を取り上げられる人々、窓口の水際作戦という棄民政策で追い払われる生活保護の申請者、「改革」によるリストラや経営破綻で自殺に追い込まれる労働者・零細企業主。みんな国会の多数決や国民の多数の意思と関係しています。
「思想」という点では、国民多数の意思と合致しない印刷物を配布して有罪となり、あるいは国歌を歌わないゆえに職場から追放され、ある意味で社会的に抹殺される人たちが急激に増えています。
これは、国民の多数派にとっても無関係ではありません。「改革」で金儲けに偏重した投機的金融システムは一夜にして資産家を破産させています。勝ち組の代表格である滝沢和子議員も一瞬にしていのちの危機に直面します。私は999人の側にいるから安心だと言える時代ではなくなってきているのではないでしょうか。

映画は長い射程距離と奥行きを持ち、現在発生しているさまざまな事象について想像力をかき立てる「シカケ」を持っていると思われます。個人の権利・利益と国家・社会にとっての利益は対立するように見えても、本来、国家は個人の尊厳を実現するためにこそ存在意義があるというのが憲法の根本的な価値観であることをばっちり確認させてくれます。「イキガミ」を逆転させる発想です。

「『自分がされたら嫌な事は人にはしない』という簡単なことが、社会や人の心に深く根付けば、夢や希望のある罪のない若者の命が奪われることにはならないんじゃないでしょうか」。田辺翼役の23歳の俳優金井勇太さんの言葉です。

【映画情報】
製作:2008年 日本
監督:瀧本智行
脚本:八津弘幸/佐々木章光/瀧本智行
時間:133分
原作:「イキガミ」間瀬元朗(小学館「週刊ヤングサンデー」連載、08年9月からは「週刊ビッグコミックスピリッツ」にて新章を連載開始)
出演:松田翔太/塚本高史/成海璃子/山田孝之/風吹ジュン/柄本明/井川遥/金井勇太
主題歌:「みちしるべ」PhilHarmoUniQue (OORONG RECORDS)
上映館:全国東宝系劇場で公開中
公式サイト

 
                                                           

 

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